『ペンギン物語』
僕の名前は相良快斗。
EniGmaTicではベースを担当していて、ときどき作詞をしたり。
みんなに不思議な人物だとよく言われますが、僕は普通だと思うんだよね。
皆さんは、どう思うかな…?
「あぁっ!ダメダメだぁーっ!」
広紀に作詞を頼まれた僕は、この5日間部屋に籠もりっぱなし。
食事のときぐらいしか、みんなと顔を合わせる機会がなかった。
そのため、彼らの異変に気付いたのは事が起きた3日後だった。
この家の主である2人が大喧嘩をしたのだ。
原因は誰にもわからない。
彼氏である広紀にも、仲間の僕らにも、何も言ってこないのだ。
食事の時の冷たい空気が重くのしかかる。明かりが灯っていないみたいに暗い。
…一体何が原因なんだろ?
珠羅が珠子ちゃんに干渉しすぎたのだろうか?
珠子ちゃんが珠羅に何かしたのかな?
どっちでもいいから、早く仲直りしてほしいなぁ…。
部屋に戻ってデスクに向かっても、シャーペンは全く動く気配なし。
だからといっていつもすらすら書けていたワケでもなく、悩みながらだったけど、…今回は少し違うみたいだ。
以前に増して苦しい。
頭が真っ白だ。
こんな時、僕が必ず行く場所がある。
そこに行くと、悩みがすべて流れて消えちゃうように思えるから。
今、僕はお気に入りの場所に向かうため、靴を履いている。
わくわくした気持ちが抑えきれない。
「さっ!行ってこよっと!」
元気良く扉を開けた、その時。
「快斗?また行くの?」
「珠ちゃん」
いつものことだからか、珠子ちゃんは「ドコ行くの?」ではなく、「また行くの?」と聞いてきた。
彼女は片手に漫画を持ち、リビングに入ろうとしたらしい。
僕が頷くと、珠ちゃんは笑顔で言った。
「私も行く!」
と。
別に構わないけど、珠羅が許すかなぁ?
でも今ケンカ中だし、関係ないか。
「お待たせ、快斗!」
わざわざ着替えた珠子ちゃんが登場。
「そんじゃ行こっか!」
珠子ちゃんとの、デートの始まりだ。
家から駅まで歩いて10分。
駅から目的地まで、バスで15分。
その間に珠子ちゃんと会話はしたものの、ケンカの原因らしき出来事も、その話題も全くでなかった。
「着いたーっ!ココ2回目だよ!」
「あれ?あの時が初めてだったの?」
「んー、新しくなってから来てなかったの。その前は何度かあるよ」
チケットを買い、いよいよ入場。
青い世界に入り込むのだ。
僕のお気に入りの場所、それは水族館だっっ!
魚や海の動物達が泳ぐ姿を見るのが好きで、僕は思い悩んだときの気晴らしで良く来る。
その度に必ず見るのが「ペンギン」である。
可愛らしいというのもあるが、目的に向かって真っすぐに泳ぐ姿が大好きだからだ。
今の時間はちょうど餌付けの時間で、水槽には沢山の人が張りついている。
なんとか人の間に滑り込み、僕らは水槽の前に辿り着いた。
珠子ちゃんには悪いけど、彼女が隣にいるのを忘れて夢中でペンギンを目で追った。
やっぱ可愛いなぁ…。
僕は、恐らくその場所に30分はいたと思う。
1人だったら気にすることはないのだが、珠子ちゃんは飽きてしまったのでは?
…と思ったけれど、彼女は何一つ愚痴をこぼす事なく付き合ってくれた。
ペンギンを見ていた彼女の顔は、太陽の光が反射した水みたいにキラキラしててとてもキレイだった。
「すごく可愛かったね!」
「うん。…あの、ごめんね、長い間付き合わせて」
「そんな事気にしてないよ!楽しかったもん!」
珠子ちゃんにとっては何気ない一言だったかもしれない。
だけど、僕にとってはすごく嬉しい言葉だった。
「太陽とか月とかって、どうして輝くんだろ?誰の為に輝くのかな?…きっと僕らの為だよね。
進むべき道を教えてくれるためだよね。何でだろ?どうしてあんなに優しいんだろ?」
空を見上げて、僕は言った。
珠子ちゃんは、何も言わずに空を仰いだ。
「ねぇ快斗」
「ん?」
帰りのバスの中で、珠子ちゃんは急に僕の名を呼んだ。
「実はね、珠羅とのケンカの原因、快斗の事なんだ」
「えぇ?!」
僕はびっくりして目を丸くした。何で僕の事で喧嘩したんだろ?
「最近快斗は部屋に籠もりっぱなしでしょ?歌詞が浮かばなくて困ってるのはわかってたんだけど、
どうしても快斗の事が気になって…。部屋にいこうとした時に珠羅に怒られて、それでケンカに…」
それを聞いたとき、普通なら哀しいと思うだろう。
でも僕は嬉しかった。
珠子ちゃんが僕の事を気にしてくれたということが、とてもとても嬉しかった。
バスの中だったけれど、そんな珠子ちゃんが愛しくて、そっと彼女の頭を抱きしめた。
「かっ、快斗?!」
「駅までこのままでいさせて…?」
僕は、ペンギンを見てる時よりもものすごーく幸せだった。
今、自分の胸の中にいる愛しいこの子を、この子の笑顔を守ってあげたいと思った…。
「ただいまぁーっ!」
「お帰りって、珠子も一緒だったのか?!」
出迎えてくれたのは、珠羅だった。
珠子ちゃんは僕の後ろから前に出てきて、珠羅の前に立った。
「ごめんね、珠羅。…もう、あんな事言わないし、しないよ」
素直だなぁ、なんて関心したけど、あんな事言わないって、この子は何を言ったんだ?!
「おっ、俺の方こそキツく言ってごめんな。とりあえず上がれ、な?」
「うん」
顔を見合わせて笑う、仲良し兄妹。
一人っ子の僕は、そんな光景が羨ましく感じられた。
2人の笑顔は、太陽みたいに輝いていた…。
その日の夜。
「僕さぁ、珠子ちゃんの事好きになっちゃったカモ」
この一言で、ゲホゲホと咳き込む珠子ちゃん・
ポカンとする青空・
立ち上がって「はぁ?!」と言ってくる広紀・
もっていたお味噌汁をひっくり返す珠羅のそれぞれの表情が、とても面白かった。
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