「我らを封印?笑わせるな」
女には何の変わりもなかったが、ハヤテは何かが変わった。
ずっと黙りこくっていた彼は、確かに涙を流したのだ。
ほんの一瞬だったけれど、僕はその変化を見逃さなかった。
「ハヤテ?」
剣を握っていた手をゆるめ、剣を少しだけ下ろした。
「ダメよ、よそ見は」
「…涼二!」
「?!」
激しい痛みが、体中を走った。
「うっ!ぐぁぁっ!!」
「涼二ィ!!」
お腹から、血があふれ出る。
痛い!
痛い!
「涼二、くん…」
「油断したな、勇者殿?」
嫌味な言い方が、すごくムカついた。
「くそっ!」
立ち上がろうとしても、力が入らない。
剣を地面に刺し、それを支えに立ち上がる。
「動くな涼二!」
「ハヤテ!お前はどうなんだよ?!本当は悪に支配されてないんじゃないの?!
僕は君の変化を見逃さなかったよ!何を考えてた?ねぇ、ハヤテ!」
血が止まらない。
だけど、痛いのはお腹の傷じゃないような気がした。
ハヤテは目を反らして、何も言ってはくれなかった。
僕が、間違っていたのかな?
…痛い。
「涼二、さん…」
「都季子!」
ふらつきながらも、ゆっくりと歩み寄る。
恭介に支えられながら、僕に触れた。
僕の身体を横にして、都季子は言った。
「じっとしててくださいね。<水晶葉花>」
葉っぱと花びらが、僕の身体を包み込む。
血は止まり、傷は掠り傷程度になった。
「くっ!<水術・水風船>っ!」
クレナイの攻撃を察知した法子が、水の塊をいくつも飛ばし、クレナイにぶつけた。
「彼らに手を出すな!私が相手になる!」
「…水術使いのスペシャリスト、か。不足はないな」
「こっちこそ、風術使いと戦えるとは」
お互いに杖をかまえ、睨み合う。
身体を起こし、二人の魔女を見た。
感じられるのは、殺気ではない。
哀しみと淋しさに似た感情が溢れてるような気がした。
 
「ありがとう、都季子。もう大丈夫」
彼女も、まだ完全に体力を回復したわけではないし、自分の傷だって癒えてない。
都季子が僕のせいで倒れるのが恐くて、都季子の治癒術を止めさせた。
「え?あっ、いえ…。それより…」
都季子は法子の方を見た。
攻撃をくらって倒れていたために、彼女は法子があの魔女だった事を知らなかったのだ。
「アイツは魔女だったんだ。…それにしても、法子は、何者なんだよ」
潤平が都季子に答え、その問いにみんなが首を傾げた。
わざわざ人間になりすました理由はなにか?
僕らには、関係の無い事かもしれない。
「…彼女の名前は、リリアン・チェリーブロッサム・ルーリ。魔法界で最も強く、最も美しいといわれる魔女です」
「ハヤテ?!」
突然現われた彼に、みんなが一斉に武器を向ける。
仲間だった人に武器を向けるのが、こんなにツライとは思わなかった。
ハヤテはすべての攻撃をかわし、僕と都季子の額に手をかざした。
「くそっ!」
剣の切っ先はハヤテの頬をかすった。
弱い電気の術に驚き、僕も都季子も武器を落としてしまった。
「じっとしてください!…大丈夫ですから」
ハヤテはかざした手から、僕らに光を送り込んだ。
中途半端だった僕の傷は完全に癒え、体力も回復できた。
「ハヤテ?」
「…本当はずっと逃げていたんです。彼女を、クレナイを悪から解放することから!僕には、もうどうすることもできません」
水と風が、激しくぶつかり合う。
回復した都季子が張った盾の内側で、ハヤテは涙を流した。
「クレナイって?」「黒い翼がある、あの女性の事です。黒い翼は悪に魂を支配された者には、必ず在るで」爆発音が響き、法子の声が聞こえた。「クレナイを助けないのか?ハヤテ」潤平の問いに、ハヤテは首を横に振って答えた。「僕にはもう、時間がないんです」「どういうこと?」ふと、ハヤテの翼を見た。さっきよりも小さくなっており、今も小さくなり続けている。これが無くなったら、ハヤテはどうなるのだろう?「…涼二くん、剣を」そう言って手を差し出したハヤテの笑顔は、あの大好きな笑顔に戻っていた。「…」僕は、何も言わずに剣を差し出した。ハヤテの笑顔を信じたのだ。「ありがとう」ハヤテは首から下げていた紐を手繰りよせ、そこに付いていた小さな袋の中から何かを取り出した。「カケラ?」ハヤテは頷き、剣にある華の刻印にカケラを押しつけた。華が、完成に近づいた。「これで、わずかに君の剣がクレナイを越えました。あとは、君の心の力次第です」「ハヤテ…」剣を受け取った直後、ハヤテは血を吐いて倒れてしまった。
「ハヤテッ!!」
翼が、もう消えかかっている。
もしかして、カケラがハヤテの命を繋いでいたのか?!
再び爆発音がして、法子のび声が響き、盾が壊されてしまった。
「何を、コソコソやっている?」
「っ!クレナイ!」
振り向くと、顔に返り血を付けたクレナイの姿があった。
ハヤテを見て、彼女はふっと笑みを浮かべた。
「なるほど、解放されかけていたのか。私への愛は、消えはじめていたようだな」
「ち…が…」
ハヤテは震える手を差し伸べて、なにかを言おうとしていた。
…僕には、痛い程伝わってきた。
「それは違うぞ、クレナイ!」
「涼二?!」
剣を思い切り振り下ろし、クレナイを遠ざけようとする。
クレナイは驚いて後ろに飛んだ。
「ハヤテはお前をまだ好きだ!そんな事もわからないお前の方が愛が消えかけてるんじゃないのか?!」
クレナイは、一瞬だけ戸惑った表情を見せた。
首を振り、すぐに怒りの表情へと変化させた。
「うるさい、黙れ!<風車>!!」
風が回転しながら僕らの方へ襲い掛かってきた。
だけど、僕はその風を斬った。
「なん、だと?」
心の力次第。
ハヤテはそう言っていた。
何もない、ただの悪の操り人形になってしまった彼女よりも、護るものがある僕のほうが力は上だ。
「潤平!僕に力を貸して!」
潤平は、僕に笑って頷いてくれた。
「了解だ、勇者!<譲与・魔術の書>!!」
潤平がそう言った後、僕の手の上には潤平が持っていた黒い本があった。
前は読めなかった内容が、今はハッキリとわかる。
「仲間がどうしたっ!」
飛び込んできたクレナイを見据え、僕は呪文を唱えた。
「<華炎>!」
剣の刃が燃え上がり、クレナイにそのまま振り下ろす。
彼女の身体は炎の華が咲き乱れたようになり、翼が燃え上がった。
「きゃぁぁぁっ!!」
飛ぶことができなくなったクレナイは、地面に身体を突き落とされた。
その隙に、法子、ではなく倒れていたリリアンに近づく。
「リリアン!リリアン!」
「りょ、うじく…」
傷だらけになってしまった彼女の身体を抱き起こす。
リリアンは笑って僕に触れた。
「油断しただけ。ありがとう、涼二」
姿は違っても、笑い方は同じだった。リリアンは深呼吸をした。
彼女の吐き出す息に傷が含まれているかのように、傷はどんどん消えていった。
「ゆるさん、勇者めッ!!」
「!」
剣を構えた僕の前に、リリアンが立つ。
「貴方は下がってて!」
「だけど!」
「死にぞこないが!まだ生きていたのか!」
「ここからだ、クレナイ。私が相手では、ご不満か?」
「地獄へ突き落としてやる!」
再び始まった、風と水のぶつかり合い。
僕が入る隙なんて、無い。
「涼二!」
恭介の声がして、みんながいる方へいったん戻る。
そこには、半透明になってしまったハヤテの身体が横たわっていた。
「ハヤテ!」
「…さっきは、ありがとう。一度は裏切った僕を庇ってくれた事が、とても嬉しかったです」
「ハヤテ!死なないでよ!」
「死にません。魔法界で、魂は行き続けますよ」
ハヤテは、笑っていた。
苦しそうな様子も、辛そうな様子もない。
ただ、笑っていた。
「傍にいてよ、ハヤテ!」
ハヤテは、僕が大好きだったあの笑顔を浮かべた。
 
…そして。
 

[リリアン目線です]
「…ハヤテ?」
「どうした?クレナイ」
突如頭を抱え込み、苦しみだすクレナイ。
これは、もしや魂が解放されかけているのでは?!
「ハヤテが、死んだ」
「なんだと?」
クレナイは、泣いていた。
やはりハヤテへの想いだけは生きているのだ。
彼女もハヤテ同様、完全に飲み込まれてはいなかったのか。
ハヤテが死んだというのは、なんだ?
「リリアン!ハヤテが、ハヤテが!」
涼二の様子は、普通ではなかった。
私は急いで涼二の方へ行くと、そこにいたはずのハヤテの姿はなく、細かい光の粉が舞い上がっているだけだった。
「ハヤテ!まさか本当に…?」
クレナイの叫び声が、響き渡った。
 
[涼二に戻ります]
「きゃぁぁぁっ!!ハヤテ!…リリアン!」
「リリアン!今の声!」
「クレナイだ。魂が解放されかけている!急がなければ、彼女も死ぬぞ!」
悪を封印できるのは、封印するのは僕がやるべきことなんだ。
剣を握り、クレナイの方に駆け寄った。
「カイホウ…サセナイ」
クレナイの声じゃない。
低い声。
これが、悪の声なのか?
「早くやれ、涼二!」
剣をクレナイに向ける。
ハヤテ。
この人は、僕が助けるよっ!
 
‐ありがとう‐
 
「…え?」
「涼二!」
「カイホウナンテ、サセナイ…ッ!」
「うっ、うん!」
 
ハヤテ…?
 
「<我、適合者の勇者の名を持つ者。封印の剣の力を以て悪の力を封印す>!」
「カッ、カケラガァァ!!」
クレナイの身体から、光が飛び出す。
自由の華のカケラが、すべて刻印に封じられる。
ジグソーパズルみたいに、絵が完成した。
「<魂を留めよ、封・印>!!」
「イヤダ、イヤダッ…!」
今までの力の強さなんて、比べものにならないほどに大きな光。
これほどにクレナイの悪は強かったのか。
さっきの低い声がして、悪の魂が、自由の華の中に消えた。
今までの魂も、自由の華が吸収していたのかな?
「紅ッ!」
リリアンはクレナイのもとに駆け寄ったが、もうクレナイも消える寸前であった。
「ごめんねなんて、言えないし、さよならも、哀しいから。
…ありがとう、璃々杏。ありがとう、涼二クン…ありがとう、疾風…」
「紅…」
リリアンは泣いていたけれど、最後に笑ったクレナイの笑顔は、とびきりの笑顔だった。
雲の間から、太陽が輝く。
「あっ!」
太陽の光の中で、幸せそうな疾風と紅の姿が輝いた…。
ありがとう、か。今まで悪を封印して、初めて言われたなぁ…。
涙を拭いて、リリアンはハヤテとクレナイがいた空を見上げて笑った。
 
…その時のリリアンが、すごくキレイだった。
 
「色々ありがとう、みんな」
「つ、疲れた」
「一番大変だったのは涼二さんですよ、恭介さん」
「うるせィ!」
「よくやったな、涼二!」
「えっへへ!!」
ハヤテにも、クレナイにも。みんなの顔には、笑顔があった。
僕は、それだけで十分だと思った。
色々大変だったけど、自由の華のカケラは全部集まったし、クレナイの悪も封じた。
本当に、最後の戦いになったのだ。
「これで、終わりか」
「淋しい気もするな」
「そうだね」
「えぇ…」
適合者としての務めは果たした。
僕らはもう、普通の高校生に戻るんだ。
「みんなには悪いが、今までの事は私たち、魔法界の人間が起こした事件だ。あまり、人間に迷惑はかけたくない。だから…」
リリアンは、言葉に詰まってしまった。
みんなはわかんないけど、少なくとも僕は迷惑だなんて思っちゃいないのに。
最初は戸惑ったけど、それなりに楽しかったし。
新しい友達もできたし。
…そして。
 
「だからっ!…記憶を、消去させてもらう!」
「えぇ?!」
「嘘だろ?!」
「聞いてねぇよ!」
「イヤです、そんなの!」
リリアンは、やっぱり、という表情をした。
当然だ。
僕らの生活をことごとく変えたくせに、いまさら記憶を消すなんて!
「致し方ないことなんだ。本来ならば、魔法界と人間界の交わりなど許されぬ事。
魔術に関わった人間は、殺されることだってあるのだぞ」
「殺さない変わりに、記憶を消させろ、と言うんだね?」
「その通りだ」
「…ふざけんなァァァッ!!」
全員一致で、このセリフ。
当たり前だよ。
殺されるのもイヤだけど、記憶を消されるのもイヤだ。
だけど、リリアンは黙って首を振った。
「これは、定められた事なんだ」
「っ!くそ!」
「みんなとも、もう何の関わりも無くなるんでしょ?」
「出会うことはあっても、友情があった今の記憶はない」
もう、友達じゃないって事だよね。
潤平も恭介も都季子も、まったく知らない人に戻っちゃうんだね…。
「仕方ないよ。決められたことだもん」
「そう、だな」
「そもそも今の環境が本当はおかしいことだし」
「またどこかでお会いできたらいいですね」
笑っていたけど、本当は泣きたい。
イヤだーッて、小さい子みたいに。
だけど、僕らのワガママでリリアンに迷惑をかけちゃいけない。
みんな、それをわかっていた。
「ありがとう、みんな…」
 
…今日、何月何日だっけ?今、何時だろ?…もう、どうでもいいや。

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第七話「すべての終わり」