プロローグ

四月十四日・午後十一時五十六分。
 
静かに、だけどそれは確実に近づいてきていた。
月は輝き、星は瞬く。
月明かりに照らされた夜桜は、誰もがため息を漏らす程に美しかった。
その桜の木の傍らに立っている、一人の男がいた。
闇に溶け込むような長い黒髪は、後ろで一つに束ねられており、桜の花びらが舞うのと同時に風にのってなびく。
男は口元に笑みを浮かべ、夜空を見上げて静かに言った。
「時は、訪れた…」
男は自分の手のひらに乗った桜の花びらに視線を落とした。
息を吹き掛けた、その瞬間。
花びらは薄いピンク色をした鳥に姿を変え、夜空へと飛び立ったのである。
男は鳥を見送って、確信した。
あの鳥が、自分の捜している人物達を連れてきてくれるのだ・と。
コツコツという靴音だけが暗やみに響き、男はゆっくりと消えていった…。
 
四月十五日・午前零時二分。
 
闇の中に、桜だけが舞った。
 
四月二十日・午前七時十二分。
 
ここはある少年の自宅。
寝坊したらしいその少年は、慌ただしく家を飛び出した。
そんな姿を上空から見ていたのは、男が創りだしたあの鳥であった。
鳥はしばらく少年を追っていたが、何かに呼ばれたような仕草をした後、また大空の彼方へと消えた。
「ん?」
少年もまた、何かに呼ばれたような気がしたらしく、既に鳥が飛び去った後の青空を見上げた。
彼が見たのは、真っ白い雲と青空、そして太陽だった…。
再び走りだした少年。
彼は自分の身に、これからどんな事が起こるのか、知る由もなかった。

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