第二話「出会い」

四月二十一日午前七時三十五分。
 
昨日とは違い、電車の遅延も寝坊もなく、ちゃんと電車に乗った。
見渡してもあの金髪の男はいない。
昨日の朝、僕はいいように利用されただけであった。
そう思うと無性に腹が立ち、もう二度と関わりたくないと、心の底から思った。
 
午前八時十八分。
 
SHRまでまだ時間がある。
かといってすることもなく、教室に出入りする人をぼんやり見ていた。
秋人はいつも寸前にくるため、特に話相手もいない。大あくびをして、ボーッとしていたその時。
「涼二っ!」
教室に入ってきたのは、秋人ではなかった。
関わりたくないと願っていた、アイツだった。
「なんだよ!つーか気安く名前を呼び捨てにしないでよ!」
「そんなケチケチすんなって!それよりさ、今日一緒に帰ろうぜ!」
「なんで君なんかと!」
「なんかとかゆーな!」
何て言ったらいいのだろう。
当てはまる言葉がありすぎて困る。
「馴々しい」
「騒がしい」
「邪魔」
全てを総合すると、「ウザイ」に行き着く。
コイツの事は、「ウザイ」で十分だ。
「じゃ、帰り迎えに来てやっから!イイ子で待ってろよー」
「なっ、なんだよ、それっ!」
「ウザイ」が去った後は、まるで嵐の後の静けさのようだ。
二人組の女子が僕の方にきて、笑いながら言った。
「坂下くん、潤平と仲良いの?」
「え?ううん。仲良くなんて真っ平だよ」
「いいじゃん。潤平は学校のアイドルなんだよ」
「潤平は女とは良く話すけど、男とは滅多に話さないんだよ」
「そうなの?」
「だから坂下くんが不思議。今まで会話してるトコ、見たことないけど」
そりゃそうだよ。
だって昨日ヤツを知ったんだもん。
今まで学校内で、ヤツを見た事があるか否かもあやふやだもん。
「私もあまり潤平と話した事ないから偉そうな事言えないけど、彼はすごくいい人だから、誤解しないでね」
「坂下くんが羨ましいよー」
チャイムが鳴り、二人はひらひらと手を振りながら席へ向かった。
それと同時に、秋人が滑り込みセーフ。
担任とマラソンみたいにココまで来たみたいだ。
二人とも、息が荒い。
「よっ、涼二!」
「おはよう、秋人」
秋人はぜえぜえいいながら席に着く。
先生の話なんて聞いちゃいないだろうなぁ。
「最近、鳥が原因で事故や事件が多発している。カラスかと思われていたが、どうやら違う鳥だという可能性もでできてな。
お前達も気を付けろよ!」
…鳥。
僕は先生の話を聞いて、昨日の信号機故障を思い出した。
確か、アレも原因は鳥が信号を壊したから。
帰りに起きた車の事故も、鳥が原因なのではないだろうか。
深く考えても仕方がないと、そう思って授業の準備をはじめた。
「一限は国語か…。眠くなるよね、秋人」
「俺はもう眠い」
息もだいぶ落ち着き、目を擦って机に頭をのせる。
もういつ寝てもおかしくない状態だ。
「昨日何時に寝たの?」
「じゅー、11時くらいかな?」
「僕の方が寝た時間遅いよ?」
 
午前八時五十分。
 
長い長い、授業の始まりである。
 
午前九時十分。
 
秋人は既に夢の中。
僕は秋人のノートにも内容を写してやった。
…後でなんかおごってもらおっと。
「じゃ、この部分を…、はい!坂下くん!」
「えっ?!」
思いもよらない指名で、僕は渋々立ち上がり、教科書の指定されたところを読んだ。
「…なりにけり」
「はい、どうもありがとう」
やっぱ古典は読むのが難しい。読みにくいし。
だけど、おもしろいから好きだ。
「あの、坂下くん…」
トナリの席に座っている女子が僕の肩を突いた。
僕がそっちを見ると、白い小さな紙を差しだした。
「都から」
「ありがと」
受け取って、笑って言った。渡してくれた女子(大滝サン)はすぐに黒板の方を向いてしまった。
…僕、嫌われてる?
「都」というのは、朝僕の所にきた二人組の片割れ。
紙にはこう書かれていた。
 
『突然ごめんね!今、潤平からメールきたんだけど、坂下くんのメルアド教えてだってさ。どうする?』
 
顔を上げ、手紙をくれた「立花都」の方を見る。
彼女は僕の方を見て笑いかけてくれた。
僕の答えはもちろん「NO」!首を横に振った。
立花サンは笑って頷いた。
メールなんて、勘弁してほしい。
関わりたくなかったのにぃ…。
 
午後十二時十七分。
 
僕は秋人とその他何人かと一緒に屋上に向かっていた。
青空の下、空腹を満たすために。
「腹減ったぁ!」
秋人はそう叫んで屋上の扉を開けた。
キレイな青空が、どこまでも広がっている。
この屋上で食べるお弁当よりもおいしいモノはないってくらい最高だ。
…だけど、今日はいつもと違った。
「おい、アイツ…」
「高橋か。いつもどおり、女に囲まれてメシか」
「そういや、涼二ってアイツと仲良いんだったっけ?」
「ちっ、違うよ!」
思い切り否定し、腰を下ろす。
アイツがいる方からは、楽しそうな女子達の笑い声が響いてきた。
「あのさ、アイツって男子から嫌われてんの?」
突然の僕の問いに、みんなきょとんとしてる。
立花サンの「誤解しないでね」という言葉が気になったからだ。
「アイツって…、高橋?」
頷くと、首を傾げてみんなは考えた。
「嫌われてはないんじゃね?ただ女に囲まれてるってだけだし」
「勝手に女子が騒いでるだけだしな」
「嫌われてるとは言えないかも」
ちょっと以外だ。僕はてっきり、
「女子としか話さない嫌なヤツ」
とか、
「調子に乗ってる」
とか、
悪口ばかり出てくると思っていたからだ。
「なぁ。高橋がこっち見てんぞ?」
振り向くと、ヤツは手を振って
「りょーじー」
なんて言ってきた。
その後ろには立花サンの姿も合った。
僕は無視してパンの袋を開けた。
コーンとマヨネーズがのっているパンで、僕の大好物。
食べ始めようとした、その時だった。
「みっ、見ろよ!」
一人が空を指差し、みんなは荷物をまとめ始める。
雨かな?なんて思って空を見上げると、何十羽という物凄い数の鳥が、僕らの方に向かってきたのだ。
「にっ、逃げろ!」
秋人は僕の腕を掴み、僕はコンビニの袋を持って校舎内に走った。
鳥達は、さっき僕らがいた所の地面スレスレまで急降下し、また空へと飛び立つ。
今度はアイツや女子の方へ向かおうとしているみたいだ。
「早く校舎に行け!」
女子はすぐに僕らのいるところに非難し、後から飛び込んできたヤツに、
「扉を閉めろ!」
と言われて慌てて扉を閉めた。
…その直後。
大量の石が投げられて当たるような音がして、扉には無数のへこみができた。
内側には出っ張りがいくつもあり、あの鳥達に襲われていたらと考えると、ぞっとした。
「何だったんだよ、アレは」
「普通の鳥じゃねぇよ」
「恐かったぁー」
その時、僕は何故か人数を数えてしまい、さっきよりも女子が少ないような気がした。
…立花サンがいない!
「たっ、大変だ!」
扉を開けようとした僕の腕を掴み、ヤツは
「ダメだ!」
と言った。
「立花サンがいない!」
僕の言葉にはっとしたヤツは女子の方を見た。
気付いたらしい数人は、
「都は?!」
と騒ぎだした。
「彼女はまだ屋上に?」
僕はそっと扉を開けた。
外からは何の音も聞こえない。
音がしないどころか、鳥の姿も立花サンの姿もない。
屋上に出ない限り、何もわからない。
「みんなは教室へ。誰か高清水先生を呼んでおいてくれ」
「わっ、わかった!」
僕も秋人の後ろから帰ろうとするが、口をふさがれ、腕を掴まれ、ヤツと一緒に残るハメになった。
「中に行くぞ」
「何で僕まで?!」
「都を助けたくないのかよっ!」
その言葉に何も言えず、僕は後からついていく事にした。
不気味なくらいに静かだ。
立花サンはどこだろう?
「涼二っ!上だ!」
ヤツの叫び声に驚き、僕はとっさに右へ飛んだ。
上からは、さっきの鳥達が雨のように振ってくる。
「立て!すぐ来るぞ!」
ふいに太陽の光が遮られ、僕はそっちを見た。
逆光でよく見えないが、スカートをはいているようなシルエット。
まさか…!
「たっ、立花サン?!」
「…坂下くんか。関係ないのに残念だわ」
そう言って、彼女は僕らの前に降り立った。
背中からは巨大な翼があり、その黒は美しくも見えた。
「君は関係ない。私が狙うのは、黒き書よ!」
黒き書?
コイツの名刺に書いてあったモノの事か!
「都を返せ!」
「私はコイツの姿が気に入っている。そう易々と返してなるものか!」
「そうかよ!退いてろ、涼二」
「え?わっ!」
身体を押され、ヤツが僕の前に立つ。
右手を差し出すと、ヤツの手のひらの上に黒いノートが浮かび上がった。
まるで映画や何かのテレビを見ているようだ。
「ここ最近の鳥が原因の事件はおまえの仕業か」
「その通りだ。この女の身体は先ほど貰ったものだがな」
「返してもらうぜ!」
見た目は普通のノート。
さまざまなふせん紙が付いており、その中の赤いふせんが付いたページをめくった。
「まずはその翼を燃やしてやるよ!<華火>!!」
右手の一差し指でなぞりながら唱えた詞。
その指を立花サンの方に向けた直後。
ヤツの言ったとおり、翼が燃えたのだ。
コレは、夢か?
「くっ!鳥共!私に風を!」
彼女の声に反応した鳥達が、一斉に翼を動かして風を送る。
少しずつ火は消えていき、傷ついた翼も癒えていった。
「貴様には<封印>の力はないのだろう?そんな無力の貴様ごときに、私は殺せない!だがこの女の身体は返してやろう」
立花サンの身体は、力なく倒れた。
そして現われたのは、ヒトの身体を使わなくても十分美しいといえるような、女だった。
「さらばだ、黒き書を操りし者よ!」
「待てっ!」
ノートの別のページを開き、攻撃をさらに加えようとしたが、
「深追いは禁物です」
と肩を叩いたのは先生だった。
「高清水先生…」
「大丈夫ですか?涼二くん」
「えっ?あっ、ハイ」
高清水先生は保健医。
立花サンの様子を見るのは当然だろうけど、なんでアイツを見て動じないんだ?どう考えてもおかしいだろ?!
「涼二!ケガないか?」
「あっ、うん。僕は平気。お前は?」
笑って手を差し出して、言った。
「潤平だよ、涼二」
「…凄かったよ、潤平」
少しだけ、僕が潤平と友達になってもいいかな?と思った瞬間でもあった。
 
午後四時十八分。
 
迎えに来るって言ってたくせに、来ないじゃんか。
…帰ろうかなぁ。
「涼二?何やってんの?お前」
「秋人」
国語の時間の居眠りが原因で、秋人は課題を出されたようだ。
何枚かのプリントを眺めながら、ため息が漏れる。
「ムズいって、コレは」
「寝るからいけないんだよ!」
「わかってマスよーだ!」
プリントを鞄にしまい、再びため息を吐く。
「今日ウチに来いよ!泊まりで俺の先生やってくれ」
「ごっ、ごめん秋人。今日は…」
帰れない・と言おうとした、その時。
「涼二!わり!先生に呼ばれちまって!」
「遅いよ、潤平!」
両手を合わせて「悪い」を繰り返す。
「んもー。まぁいいけど!…ごめんな、秋人。明日の朝、プリント見てやるからさ!」
「いいって!そいじゃな!」
手を振って僕らを見送る秋人の表情は、なんだか淋しそうだった…。
 
「アイツ、アキトだっけ?」
「うん。僕の親友」
「…気ィ付けろよ」
潤平の言っている事の意味が、この時は全くわからなかった。
 
午後四時二十五分。
 
「やっぱアイツと仲良いんじゃんか」
今までずっと傍にいたヤツが、急にいなくなるってのは、何だか淋しい。
まぁいいんだけど!
「涼二を、取り戻しましょ?私と共に、高橋潤平と戦いましょ…?」
「だっ、誰だよ!」
「力を貸してあげる。高橋潤平を、<適合者>達を滅ぼしましょう。…勇者を目覚めさせる前に!」
「な、にも、のだ…」
意識が薄れてく。
最後に見たのは、黒くて美人の姉さんだった…。
といっても、俺の姉貴じゃねぇけど。
 
午後五時三十五分。
 
「…あの店だ」
「一日二日で消えたらおかしいだろ?!」
「わかってるけどさ!」
何だか昨日とは違うような感じがする。
…まぁ気のせいだろうけど。
「ハヤテーっ!…おっ、法子じゃん!呼ばれてたのか」
「あんたこそ」
「それよりさ、ハヤテは?涼二連れてきたんだけど」
「…リョウジ?」
中から女の子の声がする。
潤平に腕をひっぱられ、中に入る。
「コイツが涼二!アイツは法子!」
「はっ、はじめまして…」
「こんにちは」
黒髪の、同い年くらいの女の子。赤い髪の子かな?って思ったけど、違ったみたいだ。
「ノリコ」と言われた子は笑って頭を下げた。
「ハヤテって、誰?」
「ココの店主だよ。知ってるだろ?」
「うん。イイ人そうだよね」
「それはどうも」
奥から出てきたのは、昨日の男の人。
にっこり笑って「こんにちは」とあいさつをしてくれた。
「こんにちは。…あの、どうして僕を呼んだんです?」
「…君は、<適合者>なんですよ、涼二くん」
「テキゴウシャ?」
驚いて咳き込む潤平と法子。
戸惑いを隠せない、僕。
誰もが動揺する中、目の前の男だけが笑顔で立っていた…。


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