四月二十二日午前七時三十五分。
いつもと同じ時間の、同じ電車で同じ車両。
行き先は学校だし、何も変わったことはない。
今までだって普通に過ごしてきたし、自分の事は普通の高校生って思ってたのに…。
四月二十一日午後五時三十六分。
僕は潤平と一緒に来た喫茶店「疾風(シップウ)」で、突然告げられた言葉に戸惑いを隠せなかった。
「テキゴウシャってなんですか?」
「疑問に思うのも、無理ないでしょう。…順を追って説明します。まずは私の自己紹介から。
名前は<ハヤテ>。信じられないかも知れませんが、魔法使いです」
「まっ、魔法使い?!」
あまりにもさらりと言われ、聞き流してしまうところだった。
「私の目的は、<適合者を捜し出すこと>!この任務を果たさなければ国には戻れないのですよ」
…既に聞いていたと思われる潤平のほうが、まじめにしっかり話を聞いていた。
「<適合者>とは、ある特定の武器を操れる者のコトをいいます。特定の武器とは、潤平くんなら<黒き書>、
そちらにいる、法子ちゃんなら<夢幻の筆>をさします。
そしてこれらの武器を扱う事のできる適合者の目的とは、この世に散らばってしまった<自由の華>のカケラを集める事なのです。
カケラを所持しているのは、<動物>です。偶然手にしてしまえば、悪へと姿・心が変化してしまう」
「じゃ、あの鳥はっ!」
「察しがいいですね、涼二くん。そのとおり。君たちに先ほど襲い掛かった鳥は、カケラの力のせいで悪になってしまった。
君たちの任務は、あの鳥を救う事です!」
…任務の前に、僕は一つ気になる事がある。
「先ほどって、僕ら話しましたっけ?」
「…あれ?言ってなかったっけ?高清水は、ハヤテの式神だぞ」
「しっ、シキ…?」
どことなく似てるな、とは思っていたけど…。
意味がわからない。
「適合者の話に戻りますが、適合者の中でも最も強い者は<封印の力>を持っています。
その者のコトを<勇者>と呼ぶのです。勇者はあらゆる悪を封印し、華のカケラを集める。
封印も、カケラの収集も、勇者でなければ出来ない事なんです」
「…とっ、とりあえず、その、ユウシャってのがすごい人だってのはわかりました。でも、僕を呼んだ理由が、まだわかりません」
ハヤテはにっこり笑った。
僕には少し、恐ろしく見えた。
「にっぶいなぁ、涼二は!」
「はぁ?」
「ココまで話して、君は一般人なので帰ってください、なんて言われるワケないじゃん!」
「う゛…」
やっぱ、僕も適合者ってコトだよね。
めんどくさそうだったから、嫌だなぁ、なんて思っちゃったりしたんだけどな。
「ハヤテ。彼、涼二くんが適合者の一人なら、仲間の人数はこれで揃ったはず。勇者は誰なんだ?」
「涼二の武器ってなんだ?」
また、ハヤテはにっこり笑った。
やっぱりコワイ。
「鈍いのは、君たちも同じようですね」
「…え?」
僕ら三人は顔を見合わせた。
…そして。
「…ウソ、だろ?」
「彼が、そうなの?」
「えっ?!えぇっ?!」
ハヤテは、にっこり笑って頷いた。
「君が、勇者ですよ、涼二くん」
…何て言ったらいいのか、わからなかった。
ハイワカリマシタ、なんて言えないし、オコトワリデス、って言っても聞いてくれないだろうし。
…困ったなぁ。困惑する僕の前に、法子ちゃんは急に右膝を立てて座った。
よく映画や漫画で王子様がやるようなポーズです!
「のっ、法子、ちゃん?」
顔を上げて、僕にこう告げた。
「お待ちしておりました、勇者様…」
と。
「ぼっ、僕?!」
「涼二以外にいないだろ!俺も涼二なら出来ると思うぜっ!」
潤平も笑顔で膝を立てて座った。
「あー、ゴホン!はじめまして、勇者様。ワタクシは黒き書を所持する<魔術師>です」
「私は夢幻の筆を所持する、この者と同じく<魔術師>です」
「ちょっ、二人とも!」
「他の適合者達の上に立ち、彼らを引っ張っていくのも、君の仕事ですよ」
「ハヤテさん…」
「呼び捨てで」
そーゆーことじゃねって!!僕が勇者?それ以前に適合者って…。
「僕は普通の人間です!関係ありませんっ!」
…なんて言って店を飛び出す。
これじゃあよく見る、漫画とかのワンシーンだ。
「どうしても、ですか?」
頷くハヤテが、一瞬悪魔に見えた気がした。
「他のメンバーとも、じき会えるでしょう。その時にパーティーでも」
「そんなのいりませんよっ!」
僕の涙の訴えも、虚しく無視されてしまった直後。
ドォォォンッッ!!
「わっ!」
「なっ、何?!」
「近所っぽいぞ!行ってみようぜ!」
潤平に言われ、僕は法子ちゃんと店を飛び出した。
午後六時十七分。
ココのすぐ近くで爆発が起きた。
原因は、二つ。
一つは一般的に言われてることで駐車していた車の突然爆発。
何者かの悪戯だろうと言われた。
もう一つ。
これは、僕らしか知らない。
潤平が指差した方向に、立花サンの身体を使ったあの鳥がいた。
僕らは頷き合い、鳥の後を追った。
武器を持たない僕は、ただの足手纏いなんだろうけど…。
午後六時二十四分。
昼間、小学生が野球やサッカーなどで遊ぶときに利用する空き地に辿り着いた。
ココにも桜の木があり、花びらがひらひらと舞っている。
「ドコに隠れた?!」
あの鳥は黒。闇に溶け込んで、姿が見えない。
「戦うためではない。お前達をこの場に招いたのは、一つ良い事を教えてやろうと思ったのだよ」
映画館にいるみたいに、色んな所から声が響く。
何処にいるのか、全くわからない。
「黒き書を所持する者と何の力も持たない無力な少年。お前達にとっておきの刺客を用意した。いずれ会うだろうよ」
バサッと、翼を広げる音がした。
「その時が楽しみだ!」
「無、力…?」
「気にすんな、涼二」
「うん…」
無力。
紛れもなく真実なのに、違う!って言いたかった。
どうしてだろう?
気持ちだけが勇者なのか?
「帰ろ、二人とも」
「そだな」
「うん」
刺客ってのが、なんなのか。ど
うして僕と潤平にとって、とっておきなのか。
わからないことだらけだ…。
午後六時四十二分。
「お帰りなさい、三人とも」
「ただいま!ハヤテ!コーヒー!」
「はいはい。法子ちゃんと涼二くんは?」
「私はホットココアをお願いします」
「…涼二くん?」
ぼんやりと、窓の外をみていた。
何があるワケでもなく、ただぼんやりと。
「涼二くん」
「わっ!法子、ちゃん」
「呼び捨てでかまわない」
はじめて会ったときもそうだった。
彼女の笑顔は、雫みたいにぽつりと落ちる感じ。
雰囲気的には雲みたいにふわふわしてるけど。
「どうかした?」
「ううん。自分でもよくわかんないんだよね」
「何それ」「笑わないでよっ!」
本当に、わからないんだ。
何で悔しいのか。
勇者どころか、適合者にもなりたくないのに。
…だけど。
「ハヤテ。僕は本当に勇者なんですか?それは、変えられない事実なんですか?」
ハヤテは黙って頷き、カウンターの引き出しから何かを取り出した。
「コレは、君の武器です」
そう言って、僕の目の前に置いたモノ。
コレはどう見ても…。
「カッター?」
「はい。コレが君の武器ですよ」
どこかに不思議な石が付いてるわけでもなく、刃も至って普通。
ドコにでもある、本当に普通のカッターだ。
「コレで戦うんですか?」
「そうよ。私の武器はコレ」
法子がブレザーのポケットから出したのはペン。
ボールペンみたいで、キャップが付いたモノ。
コレも至って普通だ。
「俺のは一回見たことあるよな」
「黒いノート?」
「そっ」
潤平が出したのも、黒い普通のノートだった。
「コレに、ちょっとした呪文を唱えると…」
潤平と法子は、何かを言ってからそれぞれの武器に触れた。
…次の瞬間。
法子のペンは虹色に輝いた後に、先端の尖った長いバトンに、潤平のノートは黒と白の光が蛇のように巻き付き、
光が消えた後は分厚い本になっていた。
「コレは本気モード。さっきの状態のまんまでも戦えるんだけどな!こっちのがかっこ良いだろ?」
「うん、まぁ…」
「なんだよ、それっ!」
「まぁまぁ。涼二くん。君がもし本気で適合者、つまり勇者になるというなら、ある儀式をしなければなりません」
「儀式?」
恐そうなイメージが浮かぶのは、僕だけ?
生け贄とか、血とか。
「儀式っつっても、武器を扱えるようにするだけだし」
「簡単だからすぐ終わるし」
潤平と法子の言葉を信じ、ハヤテに「お願いします」と頭を下げた。
「わかりました。ではこちらへ」
潤平と法子はお店の机とイスをすべて端に寄せ、カウンターの中に行った。
僕は店の真ん中に立ち、ハヤテと向かい合う形になった。
「それじゃ、いきますよ」
「うん」
ハヤテが右手を前に出すと、細長い銀のバトンが現われた。
左右両方の先端には、丸い石が付いている。
さまざまな色の光は、蛍の光みたいに点滅している。
「肩の力を抜いて、楽にしてください」
「…はい」
ハヤテがバトンを床に立てた瞬間。
僕の足元に不思議な文字が描かれた円が浮かび上がった。
「この者、勇者の魂を持つ者なり。封印の剣を操りし者、名を涼二という…」
ハヤテが言い終わると、円からは光が放たれて僕を包み込んだ。
重さのない服を纏っているような感覚。
光が消え、元の状態に戻った。
「…どうだ?涼二」
「うん…。何が変わったのかわかんない」
「そりゃそうだ!」
笑いながら僕に近づく潤平。法子も潤平の隣に立つ。
「じゃ、コレを持って」
「あっ、はい!」
カッターをハヤテから受け取る。やっぱり普通だ。
「声が聞こえるハズです。それをそのまま口に出して復唱してください」
目を閉じて、耳をすませる。
…ん?
遠くで誰かがしゃべってる。
「<魂に答えよ、力を解き放て!>」
カッターからまばゆい光が放たれ、急に重くなる。
落とさないようにぎゅっと握り締めた。
「それが君の武器の真の姿、<封印の剣>です。カケラを収集し、悪を封じる。それが役目です」
「悪は封印しなきゃ倒したことにならねぇんだ。封印の力を持ってんのは涼二だけだ」
「頑張りましょ?勇者サマ!」
午後七時九分。
普通の高校生だった「坂下涼二」が「適合者」と「勇者」になった瞬間だった…。
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