学校に着いてからも、何の変化もない。
昨日昼休みみたいに鳥が襲ってくることもなかった。
立花サンは身体を使われた記憶は全くないようで、元気そうだった。
コレが普通なのに、今の僕は素直に普通だと思えなかった。
なんて言ったらいいのか、適切な言葉すら浮かばないから…。
午後三時七分。
この日は五限で終わり。
いつもより早く帰れるのだ。それだけで胸が躍る。
本屋に寄り道しようかなぁ?
「りょーうじー!」
「…げ」
「なんだよ、その顔はぁっ!」
思い切り嫌な顔をした。反応がおもしろい。
「一緒に帰ろうぜ!」
「本屋に寄るんだけど」
「ついてくって!」
はぁっとため息を吐き、教室から出る。
そういえば、今日一回も秋人に会ってない。
休みだったのかな?
「涼二」
振り向くと、そこには笑顔で立つ秋人の姿があった。
「秋人!朝いなかったじゃんか!それに授業中も昼も!」
「寝過ごしちゃってね、さっき学校にきて、屋上にいたんだ」
「そうだったのか」
喋りながらゆっくりと歩み寄る秋人が、なんだか別人に見える。
どうしてだろう?
秋人が、怖い。
「そんじゃ、帰ろうか」
「ちょっ、待ってよ秋人!」
まるで潤平が見えないみたいに完全に無視して僕の背を押す秋人。
潤平は茫然としている。
「あのぉ、アキトくん?涼二は俺と…」
「黙れ。俺の前から消えな」
肩に置いた潤平の手を払い除け、睨みつける。
本当に、秋人?
「行くよ、涼二」
「あっ、秋人!」
潤平は複雑といった表情で僕らを見送っていた。
秋人じゃない。
…コイツは、誰だ?
午後三時二十七分。
僕は、秋人(だと思う)と一緒に本屋にいた。
本当に秋人かどうかを確かめたかったけど、いい方法が浮かばなかった。
「秋人?なんか、おかしいよ。どうしたの?」
「普通だよ?涼二こそどうしたんだ?あんなヤツと急に仲良くなんて、お前の方がおかしいぜ?」
「秋人…」
なんでだろう?やっぱりおかしいよ、秋人。
午後三時四十八分。
秋人と別れた後、僕は潤平に電話をかけた。
携帯は絶対持ってると言っていたから、繋がるだろう。
「もしもし?」
「潤平?僕、涼二だけど」
「おぉ!…あのさ、アキトくんはたぶん…」
「…え?」
携帯が、手から滑り落ちた。
落とした携帯を拾わず、僕は走った。
…たぶん悪に身体を支配されてる。ノートが反応してたんだよ
…午後三時五十二分。
いるかどうかもわからないのに、僕は秋人の家にきた。
インターホンを押す手が震える。
…秋人っ!
「…涼二?どうしたんだよ」
「秋人…」
午後三時五十三分。
「わりィ!遅くなっちまって!」
「もう行ってしまいました」
「そっか。…んじゃ、俺らも行きますか!な、都季子!」
「はい、恭介さん」
午後五時五十六分。
目の前の秋人は、笑ってはいるケド。
…やっぱり不自然さがある。潤平はノートが反応したと言っていた。
今ならわかる。
ポケットの中のカッターが、携帯のバイブみたいに震えているから。
「秋人?いつ悪に身体を支配されたの?何が原因なの?助けるから。ね、秋人」
「助ける、だと?」
不自然な笑みが、蔑みの笑みに変わった。
「言われたろ?無力だって。お前はコイツの気持ちなんて、何にもわかっちゃいねぇ!友達のフリだったんじゃねぇのか?!」
確かに、僕は秋人の気持ちなんてわからない。
だけど…、
友達のフリなんてしてない!
「なんだ?その目は」
「秋人を、返せよ」
「口先だけのお前に、何ができる!」
…同じだ。立花サンの時と、同じ。背中から黒い翼が広がった。
「適合者に関わった事を後悔させてやるよ!」
バサァッと翼を動かすと、風がいくつもの竜巻になり、僕の方に飛んできた。
「<サイクロン>ッ!!」
「うわぁっ!」
身体が空中に吹き上げられ、叩きつけられる直前。
「<華緑樹!>」
女の子の声が響き渡り、僕を受けとめるように木が生えた。
木の葉や花が衝撃を吸収してくれたおかげで、僕は無傷だった。
「ふぅっ!間に合ったぁー」
「大丈夫ですか?」
木の枝が僕の身体に巻き付き、ゆっくりと地上に下ろしてくれた。
目の前に立った二人組は、どうやら味方のようだ。
「えっと、リョウジ君だっけ?今は自己紹介してるヒマないから、ちょっと待ってて」
「は?」
もしかしてって言うか、絶対…
「貴様らっ!適合者共だな!」
「その通りだけど?」
「その人の身体を、お返しくださいます?」
「返すわけねぇだろっ!」
男の方はため息を吐き、女の方はすでに力を解放した武器を持ってかまえていた。
丸い盾で、バンドを腕にはめて持っているようだ。
「恭介さん、私が援護します」
「了解でっす」
ポケットから出したのは、コンパクトミラーだった。
…アレで、何をするつもりだ?
「よっしゃ!行くぜ、都季子!」
「はい」
力を解放せず、鏡をそのまま持っている。
大丈夫なのかなぁ?
「だーいじょうぶだって!」
背後から、声がした。
「潤平!」
「悪い、遅くなっちまって」
手を差し伸べて、笑って言った。
僕はその手を取って立ち上がり、秋人(の中のヤツ)と戦っている二人を見た。
攻撃をよけるか防ぐかしかしていない。
…盾はいいけど、鏡で何するんだろ?
「アイツ、恭介は強いよ。大丈夫だって」
考えてることを、すべて見透かした言い方。
顔が赤い。
「わっ、わかってるよっ!…なんでバレてんだよ」
「にひひっ」
風が僕らの方にも吹き付けてくる。
砂埃が舞い上がり、秋人(の中のヤツ)の姿が見えなくなった。
「よう!潤平じゃんか!」
「こんにちは、潤平さん」
「勝てるんだろうな?」
潤平の言葉に、キョウスケは笑って頷いた。
「リョウジ君の力も必要だけど」
「僕の?」
キョウスケは僕のポケットを指差した。
手を当てると、そこにはカッターが…。
「あっ!」
「よろしくな!」
頭に、ハヤテの言葉が浮かんだ。
「悪を封印できるのは、勇者だけ」
「そのとーり!」
「来るっ!」
盾を自分の前に出し、叫ぶ。
「<岩壁>!!」
巨大な岩の壁ができ、前からきた風の攻撃を防いだ。
「いい反応だっ、都季子!」
「ありがとう、潤平さん」
彼女が振りかえって、そして笑うのかと思った。
…だけど、顔は一瞬にして強ばった。
「リョウジさんっ!潤平さん!」
僕らが振り向くと、そこには不気味な笑みを浮かべた秋人の姿があった。
「くそっ!」
「避けらんないよ、潤平!」
秋人は右手に風の丸い塊をつくっていた。
そして。
「涼二!ごめん…」
「…秋人?」
確かに響いた、秋人の声。
助けるから、待っててよ…。
ポケットから出し、叫んだ。
「<魂に答えよ、力を解き放て>!」
午後六時二十四分。
勇者・リョウジが目覚めた瞬間だった…。
「なっ!貴様も適合者だったのか?!」
「違うと言った覚えはないよ」
「くっ!」
ゲームとかでよく見るような形をした剣だった。
柄の部分には布が巻き付いており、大輪の花の彫刻もある。
…コレが、自由の華?
刃を振り下ろした時の風圧で、風の塊は相手の方に戻ったらしく、ダメージを受けたのは、あっちだった。
「りょ、うじ…」
「今助けるよ、秋人…!」
「今のもさっきのも、秋人の?」
「うん。魂までは支配されてないんだよ」
「よっし!行きますか、勇者サマ!」
「潤平、キョウスケ、トキコ。みんな、協力してくれるかな?」
振り返ると、三人は笑って頷いてくれた。
「もちろん!!」
三人の力が、僕の身体に流れ込んでくるような感じがする。
…力が、わいてくる。
「ごちゃごちゃと煩いっ!その口を塞いでやる!」
「やってみろよ」
剣をかまえ、ヤツを睨みつけた。
「なんだよ、その眼は!適合者共よ!この場で滅びろ!」
空高く飛び立ち、ヤツは僕らを見下ろす形になった。
「勇者様、私の後ろへ」
「ありがと、トキコ」
トキコは僕の前に立ち、潤平はノートを出してトキコの隣に立った。
キョウスケは鏡を空中に浮かばせ、呪文を唱えた。
「<魂を写せ、力を解き放て>!」
小さかった鏡は、力が解放されたために大きな鏡に変化した。
「ココは俺に任せろよ!だけど、100%大丈夫だって言えないから、都季子、あの盾をよろしくな!」
キョウスケの言葉に、トキコは頷いた。
「あの盾…?」
「大丈夫です。安心してください」
にっこり笑って言うけど、あの盾ってなんだろ?
空を見上げると、さっきよりも大きくなった黒い翼が僕らの方に向いていた。
「来るぞっ!とーきこっ!」
「お二人とも!私の傍に!」
トキコの足元には、丸く円を描いて草が生えていた。
その中に僕と潤平は入り込んだ。
「<守護樹>!!」
トキコが草の上に手を置くと、草はどんどん成長していった。
そして、成長した木々が僕らをドーム状に包み込んだのだ。
「スゴイ…」
「とりあえずコレで大丈夫です。あとは恭介さんがうまくやってくれれば…」
木と木の間から、少しだけ外が見えた。
鏡を手に、キョウスケはヤツの目的にされているみたいだ。
このままじゃ、思い切り攻撃を受けちゃうよ?
「貴様だけ仲間に見捨てられたか!哀れだな!」
「そんなんじゃないし!ほら、俺に攻撃してみろよ!」
「…ならば望みどおり殺してやる!<風雨>!」
細い棒のようになったいくつもの風が、ヒュン、ヒュンと音をたてながら狙いを定める。
「舞ってるみてぇだな」
「殺した後の血の色ほど美しく、鮮やかなモノはない」
「趣味ワル…」
キョウスケは鏡を自分の前に浮かばせ、右手を前に出した。
「<吸収>」
鏡からは紫色の光が放たれ、光は塊となった。
「準備完了っ!」
「死ね!適合者っ!!」
一斉に風がキョウスケの方へ飛んでいく。
様々な方向からキョウスケを襲うハズだった風は、すべて紫色の光の塊へと消えていく。
やがてすべての風が吸い込まれ、空にいるヤツも何が起こったのかわかっていない。
「貴様っ!風をどうした?!」
「秘密!おーい!リョウジくーん!!」
「あっ、はーい!」
返事をすると、木が僕の出入口を作ってくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
キョウスケは無傷だった。
にっこり笑って、空にいるヤツを指差した。
「封印、頼むよ?」
「了解」
剣をぐっと握ると、オレンジ色の光が、らせん状に巻き付いた。
「ちっとさがっててな。<解放>!」
鏡の前の紫の光から、さっきと同じ風が吹き出した。
「なっ、なにィ?!」
風はヤツを包み込み、そして一斉に襲いかかった。
「うわぁぁぁっ!!」
翼がボロボロになり、飛べなくなったヤツが落ちてくる。
「行けっ、リョウジ君!」
「うん!」
ヤツの方へと歩み寄り、剣の切っ先を向けた。
「よくも秋人を巻き込んだな!」
「待てっ!俺は命令にしたがっただけだよ!ふっ、封印はやめてくれ!」
「…知るか」
封印の方法なんて知らない。
呪文とか必要なのかなぁ?なんて思っていたら、頭の中に言葉が響いてきた。
…誰の声だろ?法子に似てるような気がするけど?
「<我、適合者の勇者の名を持つ者。封印の剣の力を以て、悪の力を封印す>!」
オレンジの光が、秋人の身体を包み、手の形になった光はヤツの本体である魂を掴んで引きずり出した。
「あの鳥女の男版じゃん」
キョウスケの言ったとおりだった。
立花サンの身体を使ったアイツは髪が長く、目の前のヤツは見るからに男。
まったくの別人だった。
「秋人を返してもらうよ!<魂を留めよ!封・印>!」
「うわぁぁっ!やめてくれ!助けてぇっ!」
オレンジの手は、剣の中に吸い込まれて消えた。
「秋人!」
脱け殻みたいになった秋人は、力なく横たわっていた。
…立花サンの時と、同じだ。
秋人の所に行こうとした瞬間、急に身体が重くなり、バタッと倒れてしまった。
「解放も封印も、一度にしたんだよ?体力もたないに決まってんじゃん」
「キョウスケ…」
しゃがんで、僕の顔を覗き込む。心配してくれてんのかな?
「うりゃっ!」
「なっ!何すんだよっ」
「ほっぺやわらけぇー」
ヒトの頬をつまみ、柔らかいを連呼しながらゲラゲラ笑う。
あぁ。ささやかな優しさに感謝した僕が馬鹿だった…。
「秋人は大丈夫だよ、涼二」
「潤平」
様子をみてきたらしい潤平は、笑って教えてくれた。
ゴロッと仰向けになり、もう暗くなって月が出ている夜空を見た。
…風が吹いて、桜の花びらが舞った。
午後七時十九分。