五月八日。午前十時四十分。
適合者の<勇者>なんてモノになって、あっという間にゴールデンウィークが過ぎ去った。
秋人は恭介の鏡で記憶を吸収・消し去り、ケガもキレイに治して家に送り届けた。
ヘロヘロの僕は、潤平がおぶってハヤテの喫茶店まで運んでくれた。
激感謝です、潤平!
その後も、あの鳥女は出てこなかったものの、いろんな敵と戦い、秋人の身体を使ったヤツは持っていなかった<自由の華のカケラ>も
少しずつ集まっていった。
今日は、ハヤテにいいモノをプレゼントする、なんて言われて店に向かってる。
…いいモノって、なんだろ?
「おっ!リョウちゃーん!」
「その呼び方はやめろって!」
清水恭介。
手鏡の力を解放し、魔鏡を使うヤツ。
結構いい加減な性格だけど、人懐っこくて、犬みたいなヤツ。
魔鏡は相手のワザを吸い取ってコピーできるから、便利だ。
「都季子は一緒じゃないの?」
「おいてかれた…」
「気持ちがわかんなくもない」
「うるせー!」
都季子、というのは強力な盾で僕らを守ってくれる井上都季子のコト。
僕らよりいっこ下で、恭介と同じ学校。
家も近所らしく、行動するときはたいてい一緒だ。
おとなしい子だから、僕と二人で話す・なんて事は滅多になくて、だけと法子とは仲が良いみたいだ。
「あっ!涼二!恭介!」
「おー!おはよう、のんちゃん!」
「もうみんないるよー!二人とも遅いっ!」
「ごめん、ごめん」
「わりィ!リョウちゃんが遅くてさぁ」
「何言ってんだよ!つーか、その呼び方やめろって!」
僕らのやり取りを笑いながら見ている都季子。
目が合うと、恥ずかしそうに反らす。
その仕草がまた面白い。
「さぁ、入ってください」
「ハヤテおはよ!」
「おはよう、みんな」
潤平も、法子も、都季子も、何も変わった様子はない。
プレゼントって、なんだ?
「コレが、プレゼントです」
ハヤテが杖で床をコン、と鳴らすと、文字が描かれた円が床に広がって何がが光に包まれて現われた。
光が消えて、現われたのは…。
「自転車??」
「もちろんただの自転車ではないですよ!なんと!」
恭介を手招きして、乗らせる。
「恭介くん、ハンドルをぐっと握って力を込めてみて下さい」
「んん?…こうか?」
次の瞬間。
ハンドルは手綱に、カゴは頭に、自転車は真っ白のペガサスに変化したのだ。
「うぉぉっ?!すんげーっ!!」
「かわいいっ」
「キレイですね」
「むちゃくちゃだろ…」
「ペガサス?…なんで?」
ハヤテは得意げな顔をして説明を始めた。
「前に涼二くんを潤平くんが運んできた時がありましたよね?アレを見て、傷ついた仲間を運べる何かが必要だと思ったんですよ!」
「…それが、コレ?」
「不満ですか?」
文句とか言ったら怒られるだろうなぁ。
あまり乗り気じゃない僕と潤平に対し、他の三人はノリノリだった。
「素敵!」
「見ろよ、リョウちゃん!潤平!」
恭介の方を見ると、無駄にキラキラした顔で言った。
「白馬の王子!」
…はぁ。やっぱり馬鹿だ。
午前十一時二十一分。
ハヤテがいれてくれたカフェオレを飲みながら、潤平の魔術の書をパラパラとめくって眺めていた。
「面白いですか?」
「よくわかんないや。読めないし」
「使う人しかわからないようになってるんですよ。セキュリティーってやつですね」
「なるほど」
魔術の書を潤平に渡し、自分の武器を解放してみた。
解放と封印を短時間で連続してやると倒れるけど、今では五分くらいあけば大丈夫。
潤平やハヤテに協力してもらい、鍛えた結果だ。
「カケラも結構集まってきましたね」
「うん。二つ持ってるヤツとかいたし。自由の華ってさ、桜みたいな、蓮みたいな不思議な華だよな」
「我々魔法使いの宝なんです。手違いで砕けて飛び散ってしまったと聞いた時はショックでした…」
淋しそうな表情のハヤテに、隣にきた法子が笑って言った。
「大丈夫だよ、ハヤテ!私たちが集めるから!」
「…ありがとうございます」
ハヤテの笑顔は、やっぱり優しい。
見てると、気持ちがあったかくなるから不思議だ。魔術が込められてるみたいだ。
「お昼はどうします?何か作りましょうか?」
「お願いしまーす!」
全員が声を合わせて言った。
「お?」
「恭介?どした?」
潤平と携帯ゲーム機で遊んでいた恭介が、突然立ち上がって店から外に出た。
「…気配が、しますね」
ハヤテの言葉で、ようやく僕も感じ取れた。
…あの鳥女っぽいな。
「空が、暗くなってく…!」
僕も店の外に出て、空を見上げた。
さっきまで青空が広がっていたのに、黒い雨雲みたいな雲が空を支配した。
「動くみたいですね」
「アイツが?」
「えぇ」
外に出てきたハヤテは、深刻な顔で空を見上げた。
「行くっきゃないよね!」
「…うん!あの自転車で行こう!」
自転車に乗り、ハンドルに力を込める。
みんなも自転車をペガサスへと変化させ、鳥を倒すために飛び立った。
…この時、僕は気付くべきだったんだ…。
午前十一時五十一分。
「…動きだしましたか」
黒い空には、嫌な思い出ばかりある。
自由の華が砕け散った日も、突如黒雲が空を支配した。
そして、あの忌まわしい事件も…。
「決着をつける日が、来たのでしょうか…。貴女はどう思いますか?…クレナイ」
今瞳を閉じると、昔の貴女の姿が浮かびます。
いつ、どこで壊れたのでしょう?
直す事は、可能ですか…?
その時、僕は気付かなかった。
カケラに反応して青白く光る刃が、紺色になっていたことに。
コレは、カケラの数に応じて光の色が変化するけど、これだけ色が濃いということは…。
午後十二時三分。
「いたっ!あそこ!」
法子が示した方に、あの鳥女の姿が在った。
「やっと来たか、適合者ども。待ちわびたぞ…っ!」
「うっ!」
ようやく気付いた。アイツのカケラによる力の大きさを。
カケラを自分の力に変え、強大な魔術を使えるようになったということに。
「残りのカケラを、渡してもらおう!」
「させないっ!<魂に答えよ、力を解き放て>!」
「<魂に唱えよ、力を解き放て>!」
潤平は僕の隣に立ち、力を解放した。
その後も、法子・恭介・都季子の順に力を解放した。
「<魂に描け、力を解き放て>!」
「<魂を写せ、力を解き放て>!」
「<魂を護れ、力を解き放て>!」
全員が力を解放し、戦闘体勢になる。
目の前にいる鳥女は、嬉しそうに笑っている。
「カケラのついでに、お前達の力も渡してもらおうか!」
「黙ってください。<魔術画・鎖>!」
大きな筆の形をした武器で、法子は鎖を描いた。
パチン、と指を鳴らすと、描いた鎖が本物になり、女の足に巻き付いた。
「捕獲っ!」
「次は俺だっ!<華火>!」
力を解放しているからか、始めてみた時の火よりもずっと強力な火だ。
だけど、炎に包まれた女はぴくりとも動かなかった。
「この程度か?」
「?!」
翼を動かし、炎を吹き飛ばす。
…女は、無傷だ。
「ならば次は私がやらせていただこう!<風雨>!!」
「あの技!」
「あの時のだよねっ!よっし!<吸収>!」
魔鏡から紫色の光の塊を出し、あの時のように技を吸収しようとする恭介。
…ところが。
「あの者と一緒にするな!」
「くっ!ヤバイっ」
「恭介さんっ!<守護樹>!」
木がドーム状になって護ってくれる盾をとっさに張り、恭介を護った都季子。
僕と潤平は法子の筆で描かれた巨大な盾に攻撃を防いでもらい、無傷でいられた。
「…防いだか。ただ一人を除いて、な」
「都季子!」
彼女は恭介だけに盾を張り、自分は攻撃を受けてしまっていた。
「きょ…う……けさ…」
がっくりと膝をつき、そのまま地面に俯せに倒れていく姿は、スローモーション映像を観ているみたいにゆっくりだった。
「都季子!大丈夫か?!とき…?!」
抱き抱えた恭介の顔色が、青くなったのはすぐわかった。
「恭介?」
「コレって…」
「気付いたか。言ったはずだ、一緒にするなとな」
「恭介?どうしたのよ?!」
恭介の手は、小刻みに震えていた。
「毒が、身体を蝕んでるっ!」
「なっ!」
「ウソだろ?!」
僕らのまわりに、ヤツの高らかな笑い声が響き渡った。
「仲間意識なんぞ持っているから悪いのだ!己一つで戦えば失うものは何もないというのに!」
「…?」
その時のヤツは、僕には何だか哀しそうにも見えた。
「ちくしょうっ!よくも都季子を!」
「恭介!」
「怒りで我を忘れてる!このままじゃ…っ!」
恭介っ!
「安心しろ。お前もすぐにあやつに会える!<風刃>!」
風が束になり、剣の形へと変化した。
「うわぁぁぁぁっ!」
「死ね、哀れな適合者の少年よ!」
キィィィン…剣の刃と刃がぶつかり合い、辺りにぶわっと風が広がる。
寸前の所で恭介とヤツの間に入り込み、攻撃を受けとめたのだ。
「りょ、うじ…?」
「やっと普通に呼んでくれたね、恭介」
「邪魔を…するなっ!」
切り掛かってきたヤツの攻撃を受け止め、弾き飛ばされないように堪える。
やっぱりカケラの力で、かなり強い。
「<火炎蛇>!」
潤平の呪文が響き、蛇の形をした炎が僕の剣に巻き付いた。
「そのままやれ!涼二!」
「ありがとう!」
いったん離れ、体勢を整える。
柄を握り直し、切っ先を向けた。
「行くぞ!<炎斬蛇>!!」
振り下ろすと同時に、大きくなった炎の蛇がヤツに巻き付いた。
「くっ!」
「俺からも行くぞ!<風雨>!!」
身動きが取れなくなったヤツの身体に、風はいくつも刺さった。
「きゃぁぁぁっ!!」
「コレで終わりだ!<我、適合者の勇者の名を持つ者。封印の剣の力を以て悪の力を封印す!>」
「ふふっ!残念ながら、お前には私を封印することはできん」
「できる!<魂を留めよ、封・い>…」
「<雹雨>!!」
聞き覚えのある声が響き渡り、氷の雨が降ってきた。
僕は後ろに飛び、ヤツから離れた。
「涼二!」
「はぁっ!はぁっ!」
失敗してしまったものの、一回封印するためにはかなりの体力と力が必要になる。
僕はすでにヘロヘロだった。
「まだ体力面は弱いようですね、涼二くん」
僕の前に現われたのは、黒いマントに身を包んだハヤテだった。
にっこり笑って、手を差し伸べてくれた。
「ハヤテ!助けにきてくれたの?!」
ハヤテの手を取って立ち上がる。
剣を持ち、再び戦おうと力を込める。
「助けに?えぇ、そうです。ですが…」
ハヤテはゆっくりと女の方へ歩み寄り、隣に立って言った。
「彼女を、ね」
「なっ、なんだって?!」
ハヤテの笑顔からは、暖かさが消えた。
今はその逆で、冷たさや残酷さが見える。
ハヤテは、味方じゃなかったの?
ハヤテは、仲間じゃなかったの?
法子は、何も言わずにハヤテを見ていた。
…そして。
「私はわかってたよ、ハヤテ」
「なんですか?法子」
「…魔法界一の宝である自由の華の破壊・無断での人間界活動・無断での魔術具の受け渡し・人間への攻撃…」
「のっ、法子?」
何でそんなにいっぱい出てくるの?
法子って、何者??
「まだわからない?…衰えたんじゃないの?」
「まっ、まさか…っ!」
法子は筆を地面に突き刺し、ピアスとブレスレットを外した。
法子の黒髪は美しい紅のロングヘアーになり、瞳は茶から宝石みたいな青に。
服装も、ハヤテがまとっている黒いマントに似ているものにかわり、マントの裾の部分には桜のビーズ刺繍が施されていた。
あの時見た赤い髪の子は、この姿の法子だったんだ!
「貴女は魔法界の姫<リリアン・チェリーブロッサム・ルーリ>ですね!」
「正解です。この姿ではお久しぶりね、ハヤテ」
…法子が、魔法界のお姫様?どうゆう事なのか、さっぱりわからない。
「の、りこ?」
潤平が恐る恐る話し掛けると、あの雫みたいな笑みを落として
「ごめん、後でね」
と言った。
法子が何者でも、倒さなきゃいけない二人がいる。
仲間に裏切られても、哀しんでる暇なんてないんだ!
「今度こそ封じてやる!ハヤテ!お前の魂もな!」
これが、僕らの最後の戦いのような気がした…。
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