ヴァーチャル☆ゲーム
 
                                              キャスト
                                          ・石原 珠子(イシハラタマコ)
                                          ・望月 広紀(モチヅキコウキ)
                                          ・石原 珠羅(イシハラタマラ)
                                          ・内海 青空(ウツミセア)
                                          ・相良 快人(サガラカイト)
                                          ・ノエル=ガスパリード
 
                                          あらすじ
主人公の珠子は、ネットアイドルの「コウキ」が大好き。実在するか否かもハッキリしない謎の人物だが、珠子はコウキの歌や声、顔が頭から離れなくなるほどだった。
・・・そんなある日。
彼女の兄である「珠羅」は、バンド仲間を家に連れて来るなり、なんと、デビューが決まったと言う。赤い髪が印象的な「青空」、年よりもずっと下に見える「快人」はベースを担当し、珠羅は小学生の頃から叩きつづけているドラム。当然ヴォーカルは?という疑問に包まれる珠子。そんな時遅れてやってきた一人の男の名は、なんと「コウキ」だった、が。目の前に立つコウキは、無愛想・髪はボサボサ・低い声と、あのネットアイドルコウキとは、全くの別人だと思い知らされた珠子であった。
大きなため息を吐く彼女に追い討ちをかけるかのように、兄の言葉が珠子にずしりと覆い被さってきた。
「・・・今日からコイツら、この家で暮らすから。よろしくね、珠子!」
倒れそうになる珠子を、冷たい目で見るコウキには、重大な秘密があって・・・!
この日から、珠子とコウキのヴァーチャル☆ゲームがはじまるっ!! 
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カーテンの隙間から朝日が漏れる。今日も変わらない1日が始まるのだ。
 私、「石原珠子」は現在高校二年生。電車に乗って三つ目の駅から徒歩5分の「桐ヶ丘学園」に通っている。
両親は海外を飛び回る、多忙な生活をしているために家にはおらず、弟のように手のかかる兄と暮らしているのだ。
心配性と言うか、なんと言うか。まぁ、一言で言えばシスコンなんだけど。
「おはよう。早いねぇ」
 …コレが兄です。名前は「石原珠羅」。学校の友人にはよくカッコイイと言われますが、今の寝起きの姿を見たら、前言撤回かな?
「朝ご飯出来たから皆起こしてきて!」
「はいよ〜」
 言い忘れていましたが、この家にはあと3人の男が居候している。その3人+兄の4人でバンドを結成しており、なんとデビューまでしているのだ!
1人の男を除き、3人とも顔は見せていない。謎に包まれた4人組、「EniGmaTic」。それが兄たちなのだ。
「おはよ、珠子」
 目を擦りながら起きてきた赤毛の男は、「内海青空(セア)」。青ばっかりの名前に反抗して髪を赤くしたと言うこのふざけた男は、ギター担当。作詞も時々やっている。
「ん〜っ!イイ匂いだねぇ」
 背は私より高いものの、顔はものすごく童顔のこの男は、「相良快斗」。青空とは幼馴染で、髪は良く見ると青。彼はハッキリ言って意味不明な人物である。
穏やかなようでキレやすく、激辛好きの甘党。ワケわかんない人物なのだ。
 欠伸をしながら起きてきたこの男は、「望月広紀(コウキ)」。無愛想であまり口を開かない人物だ。そんな広紀はヴォーカルを担当してて、ギターを持って歌うこともある。
歌う時は誰?って思うほど別人になる。そして兄は小学5年生の頃に父に教わったドラムを担当。4人とも二十歳で、それぞれ手がかかるため、兄が増えたと言うよりも弟が増えたと言う方が
妥当だろう。でも楽しいのは事実。1人を除いて皆優しいし。私が彼らと出会ったのは、ちょうど一ヶ月前。
 忘れもしない。
 私がはじめて兄を、心の底から恨んだ日なのだから…。

一ヶ月前…。
 
「ふぁぁぁ…」
 眠い。昨日の夜ずっとパソコンの画面にかじりついていたからだ。だけどそれには理由がある。
…それは、ネットアイドル「コウキ」に会うためっ!!CGで描かれた美しい彼の顔、響き渡るキレイな声、優しい笑顔。どれをとっても最高としか言えない人物だった。実在するか否かもハッキリしない
人物なのだが、私にとってはどうでもいいことだった。ただ彼の歌を聞くだけで、それだけでシアワセだったのだから。だけど堂々とコウキに会うことが出来ない。何故ならシスコンの兄がいるからだ…。
だから夜中にこっそりと会いに行くしかないのだ。
 そんなわけで、いつも私は寝不足。兄はなんとなく気にはしているものの、しつこく言うと私に文句を言われるのがわかっているため、何も言ってこなかった。
 そんな毎日が、私にとっては普通でシアワセだった。
・・・なのに。
 
「なぁ珠子。俺がバンドやってるのは知ってるだろ?」
「うん。なんで?」
 夕食時に、突然兄が言った言葉。改めて言わなくても、知らなかったことじゃないのに。
「明日仲間が来るんだけど、そこでお前に大事な話があるんだ。聞いてくれるか?」
 いつになく、真剣な表情の珠羅。私が無言で頷くと、珠羅は「ありがと」といって笑った。
 いつもと変わらない、笑顔だった。
 その日の夜も、コウキに会いに行った。珠羅はすでに眠った後。私はコウキという名のアイドルの夢に包まれているような感じがした。
 
次の日・・・。
 とりあえずマドレーヌを焼いて、珠羅の帰りを待った。迷っているのでは?と心配して外に出ていったのだ。全く、イイ大人が迷子にならないだろうってのに・・・。
「ただいま、珠子!」
「お帰り」
 珠羅の後ろから、赤い髪の男と私と同い年(?)の男が入ってくる。私を見て、ペコッと頭を下げた。
「珠子、紹介する!赤毛の方が内海青空、こっちが相良快斗。2人とも俺と同い年だ!青空、快斗、コイツが俺の可愛い妹だ。惚れるなよ?」
 珠羅と同い年ってことは、ハタチって事だよね?!嘘!カイトって人は絶対見えない!
「よっ、よろしく」
 とりあえずあいさつをしておこう。笑って頭を下げると、2人とも明るく「こちらこそ!」と言ってくれた。
「コレおいしいね、珠子ちゃん」
「どうも」
 セアと名乗った男は、私が作ったマドレーヌを夢中で食べてくれている。ホットココアを目の前に置くと、笑って「ありがとう」と言ってくれた。どうやら初対面の人ともすぐ仲良くなれるようだ。
・・・それにしても、誰がヴォーカルをやるのかな?珠羅はドラムだろうしなぁ。
―ピンポーン・・・
「誰か来た」
 私が玄関に行こうとすると、珠羅が腕を掴んでそれをとめた。
「俺が行くよ。たぶんコウキだ」
「コッ、コウキ?!」
 兄の口からさらりと出たコウキという名前…。私の頭の中には、当然あのネットアイドルが浮かんでいた。
「珠子?コウキを知っているのか?」
「うっ、ううん!知ってる人と同じ名前だったから…」
 兄は首をかしげながら玄関へ向かった。
「珠子ちゃん?いきなりどうしたのさ?」
「なっ、なんでもないんです!ゴメンナサイ」
 青空と快斗の2人に心配されながら、私はパニックになりかけている頭を必死に整理していた。ただ同姓同名なだけなのか、それとも・・・?!
「珠子、コイツが俺らのバンドのヴォーカル、コウキだ!コウキ、この可愛い子は俺の妹だ」
 胸はドキドキ。手は汗でびっしょり。…どんな人なんだろう??
「望月広紀(コウキ)。よろしく」
・・・え?!ぜんっぜん違うじゃん!ボサボサの髪、黒ブチの眼鏡、おまけに無愛想!…はぁ。期待して損した。
「珠羅の妹の珠子です。よろしく…」
 少しも笑わないでただ手に触れる程度の握手…。そして。
「さっそく1曲やろうぜ!」
「いいねぇ!珠子ちゃんに聞いてもらおうよ!」
 突然の提案。ため息しか出ない。青空に背中を押され、珠羅のドラム練習室へ向かった。完全防音なので、どれだけ騒いでも外には漏れない。バンドの練習をするならとても良い環境だろう。
「ハイ、珠子」
「ありがと」
 珠羅は椅子を渡してドラムに向かう。青空と快斗、そして広紀の3人もチューニングを済ませ、4人が顔を見合わせる。
「アレにする?スターズ」
「んー、珠ちゃんは何がイイ?」
 珠ちゃんって…。快斗さん?私は猫じゃないんですよ?
「私、は…。…ラヴソングがイイです。優しい感じの」
「じゃ、タイヨウで」
 広紀の言葉に、他の3人も頷く。珠羅がスティックを鳴らし、4人の演奏が始まった。
 …不思議な、感覚だった。楽器が唄っているかのような、優しい感じ。・・・そして、広紀の声が、加わった。
 
 どこまでも広がる青空は まるで君の心のようで
 ふわふわと浮かぶ白い雲は まるで僕の心のようで
 優しい風は僕らを包み 「歩け」と背中を押してくれて
 サラサラ唄う草木や花は 「進め」と道を教えてくれて
 不安はゼロじゃないけれど 君がいるなら怖くない
 心の闇は広がるけれど 君が笑えば怖くない
 一人じゃない だって君がいる
 僕らを見守ってる 太陽が輝くから
 
 やがて暗くなってゆくけど
 月と星が輝くから 
 恐れないで 目を反らさないで
 
 不安はゼロじゃないけれど 君がいるなら怖くない
 心の闇は広がるけれど 君が笑えば怖くない
 一人じゃない だって君がいる 
 僕らを見守ってる 太陽が輝くから・・・
 
 ・・・音が、ゆっくりと消える。耳には、広紀の声と3人の音がものすごく良く合っている、ステキな音が残った。そして、その声は紛れもなく・・・。
「コウキ・・・」
「何だよ、呼び捨てか?」
「あなたコウキでしょ?!ネットアイドルのコウキでしょう?ずっと声を聞いていたんだもん、間違えるわけがない!」
 もう、疑いのカケラもなかった。この人はコウキ。ネットアイドルの、コウキだ・・・。
「・・・どういう事だよ、珠羅っ!」
「えぇ?!俺だって知らなかったし!珠子っ!お前ネットアイドルのコウキを知っているのか?!」
「うん。珠羅には黙ってたけど、私、ずっとファンだったの。歌と言うか、声がすごく好きで…」
 理由なんてわかんない。だけど涙が溢れる。珠羅はびっくりしながらも私を抱きしめた。
「・・・そうだよ。俺はお前が言ってるコウキだよ」
 ふと、顔を上げる。広紀は眼鏡を取り、髪を整えた。…口元に、微かな笑みを浮かべる。
「コウキッ!」
 今度はちゃんと理由が言える。 
 涙の理由は、「感激」です・・・。
 
 私が落ちついたのを知り、珠羅は私から離れた。目の前のコウキは、最初の広紀に戻っていた。
「なんで珠羅が彼を知っているの?」
「ネットで知り合ったんだよ。俺と青空と快斗は、楽器は出来るけど歌えない。だからおたずねサイトに書き込みをしたんだ。それでコイツに出会ったってワケ」
「イイ声だと思ったよ。僕らともぴったり合うし」
「俺もそう思った。まぁ、コイツの詩も好きなんだけど」
 3人のホメ言葉に、広紀は真っ赤になって「ヤメロ」と騒いでいた。その照れた姿を見て、私は思わずふきだしてしまった。
「わっ、笑うなよ!」
 珠羅たちにも笑われ、ついに広紀はふてくされてしまった。
「はぁっ、ふうっ!…あっ、そうそう。大切な話があるって言ったよね?」
「あっ、うん」
 笑いがおさまった珠羅は、私の前に座りなおした。
「俺ら、デビューが決まったんだ。4人組のバンド、EniGmaTic!珠子に迷惑がかかんないようにさ、顔は隠してやるんだけどね。広紀は違うけど」
「すっごいじゃん、珠羅!」
 心からの祝福だった。大好きな兄が、大好きなことをしながら生きていけるのだから。
「それとさ、今日からコイツら、この家で暮らすから。よろしくね、珠子!」
「・・・はぁ?!」
 せっかく祝ってやったのに。
 今の言葉で、「祝い」は水と化してながれさり、コレからのひびをお願いね!」
 これからの日々を想像して、私が倒れたのは言うまでもないだろう…。
 
 その後、1時間以上の珠羅と青空、快斗の説得で、私はついに居候を認めた。広紀は何の関係もないと言った感じで私たちを見ていた、気がする。歌っているときとはまったく別の人みたいだった。
 ここまで違うのも、逆にすごいのではないのだろうか。今日この日を持ちまして、私はネットアイドルコウキのファンを退会します。やっぱ、顔だけで判断しちゃいけないんですよねぇ。勉強になりました。
 
 
 一ヶ月は、あっという間に過ぎていった。3人には呼び捨てでかまわないと言ってくれてなんとなくだけど親近感を持っちゃったり。青空と快斗の2人とは仲良くやっていけると思うけど、広紀とは・・・。
あまり話してくれないし、笑わないし。嫌われているのかなぁ、なんて思ったり。「僕らがいるじゃん」なんて快斗に言われて、今はあんまり気にしてない。その内心を開いてくれるかな…?
 
「ヤバイ。一緒に暮らしていけないって!」
「…コウキ。」
「我慢しなきゃ、消えちゃうんだよ?!」
 ぎゅっと握り締めた拳で、「彼」は壁を思いきり殴った。
 快斗は「彼」の肩を大きく揺さぶり、叫んだ。
「そんなの、わかってるよ!…だからこうして嫌われようとしてるんじゃん!」
 「彼」の目からは、一筋の涙が流れた。そんな彼を見て、青空と珠羅は顔を見合わせるのだった・・・。

「ライヴ?」
「そ!もちろん映像だけどね」
 日曜の朝、快斗のリクエストでクッキーを作っていた私に、珠羅は言った。街頭の大型スクリーンを占拠して、ライヴを行うらしい。
 ご存知の通り、ヴォーカルの広紀はネットアイドルとして顔を出しているために彼は顔を隠す必要はないため、ドラム・ギター・ベースの3人は顔を明かすことなくライヴをやるには映像ライヴしかないのだ。・・・ここ毎日練習していたのはこの為だったのか。
「すっごく楽しみだよ〜♪んでさ、今日俺らをデビューさせてくれた社長が来るから」
「しゃっ、社長?!」
 どうしてコイツは前もって伝えてくれないのだろうか。何も用意してないと言うと、「コーヒーだけでイイよ」なんてのんきな事を言いやがる。・・・そんな事言うなら何も用意してやらないからっ!
 
「快斗〜!クッキー焼けたよ!」
 できたてのクッキーを持ったままウロウロ。快斗の姿がない。珠羅は青空とゲーム中。広紀は雑誌を読んでいる。皆リビングにいるのに、快斗だけが見あたらない。
「快斗なら、多分あそこだよ」
「そうだな」
「・・・どこ?」
 私の問いに、ゲームをしていた2人が笑って声を合わせて言った場所。一瞬、あの人何歳だっけ?なんて思った。
 
 
『水族館!!!』
 2人の声が頭の中で響く。自宅からバスで15分程の所に、水族館はある。そこでペンギンを見ているらしい一応ハタチの男を探す為に私は中に入った。
 久しぶりに入ったその場所は、リニューアルオープンしたばかり。とてもキレイで、青はどこまでも広がり、まるで海の中にいるような感じがした。
「ペンギンコーナー・・・」
 目的の場所に着き、当たりをきょろきょろと見渡す。
・・・どこにもいないじゃん!アイツら嘘ついたのか?!
「珠子ちゃんどうしたの?こんなトコで」
「快斗を探しにきたの!クッキー作れって言ったくせに、急にいなくなるんだもん」
「ゴメン、ゴメン」
 笑いながら、ゆっくりとペンギンの水槽に近づいていく。そっとガラスに触れて、ペンギンが泳ぐ姿をじっと眺める。
「カワイイよねぇ。…なんか、珠子ちゃんに似てるかも」
「ペンギンに?!」
 嬉しいような、哀しいような…。快斗の傍へ行こうとした時、目の前に2人の男が立ちふさがった。
「…何?」
「あんなヤツよりさぁ、俺らと一緒に遊ぼうぜぇ?」
「違うトコ行こうよ、ね?」
「どいて」
 2人の間をすり抜けようとするが、道を阻まれる。いつのまにか後ろにも1人の男が立っており、逃げ場が無い。
 ちょうどペンギンに餌をやる時間。歓声で私の声は快斗に届かない。ペンギン好きの彼だ。今頃夢中でペンギンを見ているだろう。…どうしよう?
「さっ、行こうぜ!」
「名前何ていうんだっけ」
 腕を掴まれ、肩に手を乗せられる。…気やすく触んな!
「やめて!放してよ!」
「無理だって。誰にも聞こえねぇよ!」
 背中を押され、一歩前に出たその時。
「いっ、いてぇっ!!」
 私の腕を掴んでいた男の腕を、後ろにひねり上げた人物。紛れもなく、アイツだった。
「快斗っ!」
「おいっ!その手を放せ!」
「放せだと?それはお前らの方だろうが!」
 …誰?私の知ってる快斗じゃない!めっちゃキレてる!コワイッ!!
「はっ、放してやれ…っ!」
「それだけじゃねぇだろ?彼女に土下座して謝れよ!」
「はっ、はいっ!!」
 その眼だけで人を殺せるんじゃないかって思う程、すごくコワイ。
 3人は私の前で土下座をして謝りまくった。
「しっかり気持ち込めて言えっ!許してもらうまでだ!」
「ちょっ、快斗!もういいから、ね?!」
 このままじゃ3人を殺しかねない。そう思った私は快斗にそう言った。
「…さっさと失せろ」
「すっ、すいませんでしたっ!」
 幼い子供のように逃げ去る3人。こんなにこの人が恐ろしいとは…。
 本当に、人は見かけで判断しちゃいけないな…。
「大丈夫だった?」
「えっ?!あっ、ハイ…」
 振り返った快斗はいつもの快斗だった。だけどまたキレたらと思うと、敬語を使わざるをえない。
「ゴメンねぇ。僕さぁ、キレるとまわりが見えなくなっちゃうんだけど、今はもう平気だって!」
笑顔で手を差し出す快斗。私の顔は間違いなく強張っていただろう。
そして、ペンギンの餌付けが見られなかったことに対する怒りが私に向けられないようにと祈った。
 

「…あれ?誰か来てる」
「ノエルだよ、社長の」
 友達のように言うけど、あなたたちの社長でしょ?!スゴイ人物なんじゃないの?!
「ただいま!」
「珠子は?!」
「一緒だって。こんにちは、ノエル」
「快斗君!元気だった?」
 サラサラできれいな銀の長髪が、快斗を抱きしめた。ふと私の方を見る。
「こっ、こんにちは!」
「アナタは?」
 …声は、男?だけどモノスゴク美人っ!!
「石原珠子です!兄がいつもおせ…」
「カワイイっ!」
 言い終わる前に、目の前が暗くなった。私も快斗のように抱きしめられたのだ。
「妹から離れろ!この変態っ!!」
「ギャァッ!」
 珠羅に蹴られ、私の横に倒れる。
 …なんで社長さんにそんなことができんの?!
「珠子っ!大丈夫かぁーっ!」
 横たわる銀髪美人から私を遠ざける青空。一体コイツらは何をしてんの?!
「んもーっ!ヒドイなぁ」
「お前が悪いっ!妹に気やすく触りやがって!」
「だってカワイイんだもん!…えっと、珠子ちゃんよね?」
「あっ、ハイ」
 私の前にひざま付いて座る。
 手を取って、まるで王子様みたい。
「はじめまして、プリンセス。ワタクシの名はノエル・ガスパリード。奴らの社長兼プロデューサーでございます。以後お見知りおきを…」
 そう言って軽く手にキス。その後、珠羅と青空にボコボコにされたのは、簡単に想像できた事だ…。
 
「明日のライヴの事なんだけど…」
 身体中に傷を負いながらも真面目に仕事の話を始めるノエルさん。
 …つーか、ノエル・ガスパリードって何人よ?部外者の私が入ってもジャマなだけだし、そう思ってマンガを読むことにした。
「そんじゃ、リハーサルしよっか!」
「へーい」
 書類を一まとめにし、ノエルがファイルに戻す。4人と一緒に練習室へ向かったため、私はリビングで1人になった。
 珠羅と2人暮しの時は1人になることなんてよくあったのに、今では誰かが必ずいるから物凄く変な感じ。静かで、淋しい。
「珠子ちゃん!」
「はい?」
 振り向くと、手招きをするノエルの姿が目に入った。マンガを置き、練習室へ向かう。
「お客様になってね」
 中に入った途端、空気が変わったのがわかった。いつもと違う、不思議な空気。ノエルにイスに座るよう言われ、隣に腰を下ろす。
「いくぞ」
 広紀が右手を挙げ、指をパチンと鳴らす。その瞬間からEniGmaTicの世界が始まるのだ…。
 3曲とも、恋愛の歌だった。特に最後の歌が、ものすごくイイ曲だと思った。
「どうだった?」
「何も、言えないですよ。すごすぎて、言葉が出ない…」
「それでいいのよ。本当にイイモノに、言葉なんていらないもの。…そうよね?コウキ。」
「あぁ…」
 その後、ノエルや珠羅が音について色々話し、座ったままの私の身体は動こうとしなかった。
今まで練習なら何度か聞いたけど、それとはまた違う4人の音と声。本当によかった。
「珠子っ!ノエルが帰るってよ!」
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
 珠羅とノエルの会話で、やっと身体が動いた。玄関へ行き、ノエルを見送る。
「そんじゃぁね、明日遅れないで!」
「わかってるよ」
「また会いましょ、珠子ちゃん」
「はい。いつでも遊びにきてください」
 笑顔で手を振ると、一度外に出たノエルがまた戻ってきて私に抱きつこうとしたため、青空と珠羅がドアを閉めた。
 …ノエル、大丈夫かなぁ? 
 

 その日の夜。私は全く眠れなかった。部屋を出て下へ行く。そこでリビングの明かりが付いていることに気付いた。
 ドアの前に立ち、誰がいるんだろう、なんて考えた。
「…誰?」
 急に中から声がして、びっくりしてドアを開ける。
「わっ、私!」
 中にいたのは楽譜を眺めていたコウキだった。キッチンへ行き、自分のマグカップにホットココアを作った。
 振り向いて部屋にいこうとしたとき、後ろに広紀が立っていたことに驚いてカップを落としてしまった。
「あっ!」
 静かなキッチンとリビングに、カップの割れた音が響き渡る。カップが割れたことよりも、兄たちが起きないかどうかの方が気になった。
「わっ、わりぃ!俺にもくれって言おうとして…」
「気付かなくてゴメン」
 2人で座り込み、カケラを拾い集める。
「いっ…!」
「大丈夫か?」
 カケラで指を切ってしまった。傷は深くないが、血が出てきてしまった。
「だっ、大丈夫だよ!絆創膏はっておくから」
「見せろ」
 ぐいっと手を引っ張り、指をじっと見つめる広紀。顔が何故か赤くなっていくのがわかる。
 …うわーっ!
「傷は浅いな。…ちょっと待ってろ」
 ティッシュを一枚渡し、広紀は救急箱を取りにいった。…血は、止まったようだ。
「ほら、指」
「あっ、うん」
 広紀の手には、絆創膏。指を差しだし、広紀にはってもらう。なんとなくまがっているようにも見えたが、私は広紀の優しさが嬉しかった。
「ありがと…」
「お前はもう触んな。俺が片付けておくから」
「うん…」
 別のカップを出し、再びホットココアを作る。
 …今度は2人分。
 
「広紀」
「おっ、サンキュ」
 2人でリビングへ向かい、ソファに座った。
 何枚かの楽譜の下に、歌詞のような文が書かれた紙があった。
「見ても良い?」
「ん?あぁ」
 そこに書かれていたのは、さっきのリハで3曲目に歌った歌詞だった。
「この曲すごく好き!さっきの3曲の中で一番好きだもん。…この部分がいい」
「どこ?」
 ふわっと、広紀の髪が顔にかかる。近いって!
「こっ、ココ!」
 指で指し示すと、広紀は私から紙を取り上げて歌った。
 
 たとえ君の心が僕のモノにならなくとも僕は君を守りたい
 たとえ君の想いが僕の方へ向かなくとも僕は君の傍にいたい
 いつでもどこでも笑っていて?泣き顔なんて見たくない
 とびきりの笑顔を僕に見せてよ
 そしていつか僕だけの為に笑顔を見せて…
 
「…やっぱいいなぁ」
「ハズイ…」
 いつもの無愛想な彼でもなく、歌っている時の彼でもない。なんだか、本当の姿という感じがした。
初めて私の前でコウキになった時の、その時の広紀。なんだか無理に別の自分を作っているような、そんな感じがした。
「ねぇ広紀、私何かした?」
「何だよ、いきなり」
「ずっと思ってたの。私の事、どうして嫌いなのかなって。気に入らない事、したのかなって思ってた。…ゴメンなさい、広紀!」
「おっ、おい珠子!俺はお前の事嫌いなんかじゃねぇよ!ただ…、ちょっとワケがあるんだよ」
「…?」
 すごく、哀しくて淋しそうな表情だった。いつもぶすっとしている彼とは全く違う、本当の彼の表情だった。
「その内話すよ。…俺の方こそ、ゴメン」
 一度頭を下げて顔を上げた時、その顔は笑顔だった…。
 

「…っ!珠子っ!」
「…たま、ら?」
 もう朝だった。リビングで眠ってしまったようで、広紀の上着を着て布団を被っていた。
 …ここまでは良い。
「何だ、コイツ!!」
 隣には広紀が寝ている。そしてもう一つ。
腰にのっていた腕をたどると、そこには気持ち良さそうに寝ている…、
「ノエル?!」
 腕をどけて布団から出る。目が覚めたノエルは笑顔で、「おはよ!」と言った。
 …あーあ。キレイな銀髪が赤くなっていく…。
それにしても、ノエルはどうやって入ったんだろ?…コワッ!! 
 
「迎えに来てやったんでしょーっ!!」
「妹に触んなっつっただろ!」
「珠子っ!無事だったか?!」
「うっ、うん…」
 ノエルのモノらしき車に、何故か私も乗っている、と言うよりも乗せられている。
留守番くらいできるのに、珠羅の許可が下りなかったのだ。みんないつもに増して元気なのに、広紀だけウトウトしている。
昨日の夜、眠れなかったのかなぁ?
「さっ、ココがスタジオだよっ!」
 地下の駐車場に車を停め、スタジオ内に入る。いろんな器材の中、4人はノエルの指示を受けていた。
「あのー、関係者以外は立ち入り禁止なんだけど…」
「あっ、えと…っ!」
「彼女はドラムの珠羅の妹さんよ。家に残しておけないって兄貴に言われて連れてきたの」
「そーだったんすか!スイマセン」
 頭を下げられ、慌てて首を振る。
「珠子ちゃん、こっち!」
 話し掛けてきた人に頭を下げ、スタジオを出て、ノエルと一緒に別の部屋へ入り、真ん中にあるイスに座る。
「ぜーんぶスタッフに任せちゃった!このモニターで見れるからさ」
「もにたー?」
 ドコにそんなものがあるのだろう?ノエルが白いカーテンを開けると、映画館並の大きなスクリーンが現れた。
リモコンでスイッチを入れると、さっきまでいたスタジオが映し出された。緊張しているのか、みんなに笑顔はなかった。
「ダメねぇ。こういう時にこそ笑わないと」
「うるせぇ!めちゃめちゃアガってんだよ!」
「え?!声聞こえてんの?」
 ノエルの独り言かと思ったのに、広紀が答えたのに驚く。
「このマイクで」
 とんとん、と指で示したのはピンマイク。いつのまに…。
 広紀は目を閉じて、そして深呼吸。目を開いたときの彼は、EniGmaTicのヴォーカリスト、コウキだった。
「みなさんこんにちはっ!EniGmaTicです!」
「…はじまったわね」
「うん」
 私とノエルがいる部屋から、ビルのスクリーンが見えた。
コウキの顔だけがハッキリと映し出され、珠羅達の顔は黒い霧がかかったように見える。
夜空をイメージした背景で、4人の演奏は始まった。
「外の人、みんな立ち止まってるよ」
「そりゃそうよ!だって彼らはEniGmaTicよ?」
 1曲目が終わった時には、すでに大勢の人がスクリーンの前に集まっていた。拍手や歓声が響き渡る。
 …なんだか、遠い存在に感じるなぁ。
 
あっという間に、ラストの3曲目。コウキは後ろの3人の方を向き、何かを言っていた。
 「なにやってんのかしら?」
 ノエルがコウキに話し掛けようとした時、コウキはふっと振り向いて笑って言った。
「次の曲でラスト。だけどこの曲は俺たちのもう1人の仲間が気に入ってくれた曲なんだ。ものすごく嬉しかった。
…だから、コレはもう1人の仲間に贈ります!」
「もう1人の、仲間…」
「アナタのことね、きっと」
 嬉しいのは私の方だよ。…ありがとう、コウキ。
「たっ、珠子ちゃん?!」
 溢れる涙を、こらえることができなかった。
 座り込んで、大泣き。ノエルの腕に包まれて、曲が終わっても泣き続けていた。
 仲間として見てくれた、そう思っててくれた事、私の為に歌ってくれた事、すべてが嬉しかった。
そして気付いた。…コウキではなく、「広紀」を好きになっていた事に…。
 
「珠子?!」
 ノエルに抱きしめられていた私を見て、珠羅はびっくりして倒れそうになっていた。
「なっ、何でもないの!ノエル…さんは悪くないから責めないでよ!」
 それだけ言い残し、私は部屋から飛び出した。
「珠子?」 
 広紀に腕を掴まれたけど、私が泣いているのを見て広紀は手を離した。
 
「なんだ?アイツ」
 部屋にいる奴ら、全員が首を傾げた。珠子は何で泣いてたんだろ?
ものすごく気になったけど、反省会が始まって、追い掛ける事ができなくなってしまった。
「…以上よ。何かある?」
「ううん、僕は何も」
「最高だった!またやりてぇっ!」
 快斗と青空が笑顔で語っている間で、珠子の兄である珠羅は思い詰めたような表情でいた。
妹が心配なのだろう。まだ終わらないのかと言いたげな瞳でノエルを見ていた。
「そんじゃ、コウキを残してみんな解散っ!帰るときは私が送っていくからそれまで自由にしてていいわよ〜」
 一目散に部屋を跳びだす珠羅。その後を追って青空と快斗が走って行った。
「…なんだよ?」
 いつもみたいにヘラヘラしているノエルではなく、本来の姿のノエルだった。
「珠子ちゃんが泣いていた理由を知りたい?」
 俺は迷いもなく、素直に頷いた。ノエルはふぅっと息を吐き、俺を真っすぐに見て言った。
 …俺にとって、絶望的な言葉だった…。
 
「珠子ちゃんはね、あんたが好きなのよ。今日のライヴで気持ちが爆発しちゃったみたいね…」
「大丈夫か?珠子」
 階段に座っていた私の顔を覗き込む珠羅。私は笑って頷いた。
「びっくりしたよ、泣きながら部屋を飛び出すんだもん」
「ごめんなさい…」
 何も言わずに頭を撫でてくれる珠羅の手が、とても優しかった。広紀に対する想いは、今は蓋をしておこう。
いつか開ける日が必ず来る。その時に広紀に想いを伝えよう…。
「戻ろうよ!ココ寒いし」
「そだね」
「行こ、珠子!」
 珠羅が差し伸べてくれた手を取り、スクリーンのある部屋に戻った。
そういえば、広紀は部屋にいるのかな?だけど、今は来てなくてよかったと思う。
「お帰り、珠子ちゃん」
「心配かけてごめんなさい」
 突然飛び出した事に対して、ノエルに頭を下げた。頭に手を乗せて、ノエルは「いいのよ」と言ってくれた。
「あのさ、一つ、いいかしら?」
 人差し指を立てて、私の口元まで持ってきて言った。
「お友達になりましょ?友達には敬語を使わないよね?」
 そう言って、ウィンクをする。私は頷いて、笑った。
「改めてよろしくね、ノエル」
「こちらこそ」
 ノエルの笑顔が、優しかった。ふと広紀の方を見ると、淋しそうな表情で窓の側に立っているのが目に入った。
話し掛けようとした私を止めたのは、ノエルだった。
「今は、ほっといてあげて?」
 
 その後しばらくして、家に帰る事になった。
ノエルのリクエストで私が腕をふるって晩ご飯を作る事になり、食事中も広紀は黙ったままだった。
前までは無愛想な彼だったから普通のように感じていたけれど、今では淋しく感じられた。疲れているのだろうか…?
「珠子ちゃんは料理上手なのねぇ。すごくおいしいわ!」
「本当?ありがと」
 ノエルは長い髪を高い位置で一まとめにして結び、私が作ったグラタンを食べていた。
もちろん、ホワイトソースから作ったモノ!ノエルにもおいしいって言ってもらえて嬉しかった。
「ごちそうさま。今日はお疲れ」
 それだけ言って、広紀は2階へと消えた。ノエルは心配いらないっていうけど、やっぱり気になる。
後でホットココアを持っていって、話をしてみよう…。
 
「あれ?まだ寝てなかったの?」
「快斗…」
 テレビを観ていて全く気付かなかったが、いつのまにか12時を回っていた。
ノエルはさっき珠羅に部屋を案内されていたし、たぶん泊まっているのだろう。
「もうみんな寝たんだ」
「うん。…ねぇ、今日はどうしたの?」
 快斗にまで心配させてしまったようだ。
「ごめんね、快斗。でも何でもないんだ。今日のライヴ、凄かった!」
「ありがと!すっごく気持ち良かったよ〜!!」
 ライヴ時の興奮を、快斗が熱心に語っていたその時。
「まだ起きてたのかよ」
「あっ、広紀っ!」
 ため息を吐きながら、広紀は部屋に入ってきた。快斗は広紀の歌声がいかに素晴らしかったかを語り始める。
広紀は顔を赤くして快斗の口を覆った。
「やめろっ!…なぁ珠子、またココア作ってもらえねぇかな?」
「あっ、そうだ、忘れてた!うん、今作るね」
「僕にもっ!」
 広紀のカップと快斗のカップを出してホットココアを作り、2人に渡した。
「ありがと!」
「珠子のココア、うまいぜぇ?」
 元の広紀に戻っているような気がした。さっきまで元気がなかった理由は、聞かない方がいいような気がした。
しばらくして、快斗が眠いと言って部屋に行ってしまった。
広紀はルーズリーフに思いついた言葉をサラサラ書いていき、ココアを一口飲み、また書く。その繰り返しだった。
「広紀、ありがとね」
「…何が?」
「仲間って言ってくれて、スゴク嬉しかった。歌もとっても良かったし。かっこよかったよ、みんな」
「そうか?俺一回音ハズしたんだぜ?」
 思わずふき出す。
「笑うな」って怒られたけど、ムリだ。
 広紀は、私が泣いていたことを口に出さなかった。気にしていないのか、忘れているのか。…まぁいいや。
「これどうだ?歌詞って言わねぇけど」
 
 大好きって気持ちは偽れない
 大好きって想いは抑えられない
 君は太陽みたいにあったかくて 風のように優しくて いつも傍で笑っていて 
 強く気高い君も 弱くて脆い君も
 全てがイトシクテ
 総てがイトシクテ
 
「…イイね。モデルがいるでしょ?なんかそんな感じがするんだけど」
「いねぇよ!…何となくだって。んー、やっぱなぁ…」
 あぁでもない、こうでもないと呟きながら、広紀はいろんな言葉をルーズリーフに書き込んでいく。
ソファから下りてテーブルの前に正座する。腕の上に頭を乗せ、紙の上で忙しく動き回るシャーペンを見ていた。
「…眠そうだぞ?」
「うん…もう寝ようかな?」
 大あくびをして立ち上がり、目を擦りながら部屋に向かう。
「おやすみ、広紀」
「んー、じゃぁな、また明日」
 ひらひらと手を振って、またシャーペンを走らせる。頑張って、なんて思いながら、部屋に入った。
 
「ふぁぁぁ…ねむ…」
 ベッドに入ってすぐ、私は夢の中だった…。
 
「あー…、正直に書きすぎた…」
 その通りだよ、珠子。コレはお前の事を書いたんだ。モデルはお前。少しずつ、お前が好きになっていく。
だけど、この想いが爆発したら、俺はお前の傍にいられなくなるんだ。詞の中だけでお前と恋愛ができる。
哀しいけれど、それしか方法がなくて…。
「ごめんな、珠子…っ!」
 彼女は何も悪くない。だけど。運命はめちゃめちゃイジワルで…。
 
 
 
「おはよう、珠子」
「アレ?珠羅だけ?」
「3人で買い物行ったよ。広紀が何か買いたいモノがあるらしくて」
 昨日の夜更かしのせいで、起きるのが遅くなってしまった。
 今日は月曜だけど、開校記念日で休み!のんびり過ごそうと考えていた。
「珠子ー、なんか作ってくれない?お腹空いた…」
「何がイイ?」
「んー…、そんじゃオムライス!」
 エプロンを着け、キッチンへいく。対面式のため、料理をしながら会話ができてとても楽しい。
「あっ、そういえばノエルは?」
「あぁ、アイツなら帰ったと思うよ」
 …なんだ。いろいろありがとって、お礼を言いたかったのに…。
「またその内来るって」
「そうだね」
 次来たときは忘れないようにしなきゃ!
 
「珠羅ーっ!ただいまぁー」
「あっ、帰ってきた!」
「お帰りぃ」
 両手に大きな紙袋を持って、快斗と青空が入ってきた。その後ろからは小さな袋を持った広紀がはいってくる。
「珠子に」
 持っていた袋を差しだして、広紀はさっさとソファに座ってしまった。
「照れてるんだよっ」
 青空がそう言って、私は苦笑しながら袋の中身を取り出した。ピンク色の包み紙の中は白い箱。ふたを開けると…。
「こっ、広紀!コレって…」
「この間割っちゃっただろ?それの代わり」
 箱の中身はマグカップだった。手に取って見てみる。淡いピンク色で、ピンクと白の花びらが風にのって飛んでいるような模様。
とても可愛らしいカップだ。
「気に入らない?」
「ううん!スゴク可愛い!ありがとう、広紀」
 彼の優しい心が痛い程に伝わってきて。
 それと同時に、このマグカップを割ってしまったら広紀と離れ離れになってしまう気がした。
「もうすぐオムライスできるよ〜」
「オムライス大好き〜!」
 そう言いながら、快斗はお皿を出したりして手伝ってくれた。
「よっと!」
「おーっ!すげっ!」
「コックさんみたいだねぇ」
 青空と快斗が子供のようにはしゃぐ姿を見て、私も調子にのってしまい、人数分プラス2つ多く作ってしまった。
「あぁ…」
「まぁいいじゃん!僕が食べるよっ!」
「俺も欲しいっ」
 兄弟みたいだなぁ、なんて思っていたら食べ終わった広紀が余ったオムライスの一つを取り、食べ始めてしまった。
「あっ!!」
「早いモン勝ち!」
 得意げな広紀の表情。
私は快斗がキレるのではないかとドキドキしていた。
 
 オムライスを食べ終わった後、青空は練習室へ向かった。
差し入れ、ということで青空が練習中によく飲むカフェオレを作って持っていった。
「せーあー!カフェオレだよ〜」
「おっ、サンキュー!」
 ギターを持ち、一枚の紙と睨めっこ。何をしているのかと覗き込むと、その紙は広紀が書いていた詞のルーズリーフだった。
「曲付けようと思ったんだけどさぁ。なんかイイのが浮かばなくてさ…」
 頭をぽりぽりと掻きながらギターを適当に弾いてみる。何だか哀しそうな音…。
「ねぇ、この詞、どう思う?」
「んー?いいと思うよ」
「…俺にはねぇ、ピッタリ当てはまる人物がいるんだよね」
 笑顔でそう言う青空。
 …なんとなく、誰?って聞けなかった。
「へぇ」
 と、それしか言えなかった。
 …なんでだろ?
 青空はギターを置き、こっちを見た。その青空の瞳は、真っすぐで、真剣で。
「始めて逢った時から、ずっと好きだった。これは広紀の詞だけど、俺の言いたいことが全部入ってる。…好きだよ、珠子」
「せっ、青空…」
 何も、言えない。
 と言うよりも、何ていったら良いのかわからない。目の前の青空は、いつも見ている青空とは別人に見えた。
私が黙りこくっているのを見た青空は、一度俯いてからふっと顔を上げた。
「珠子は広紀が好きだろ?」
「…っ!」
 明らかに動揺した私を見て、青空はふっと笑って私の手を取って言った。
「よく聞けよ?アイツは、広紀は人を愛することができないんだ。本当だぜ?だってアイツは…」
 
「…は?」
 青空が、何を言っているのか理解できなかった。
 確かめなきゃ。
 それしか、私は考えることができなかった。
 

   『アイツは、この世に存在してないんだよ』

「広紀っ!話があるの。…外に、来て?」
「なっ、なんだよ急に」
「いいからっ!」
 広紀は渋々立ち上がり、私の後から外に出てくれた。
「どうしたんだよ?何かあったのか?」
 蓋を、開けた。もう抑えきれない。
「私はっ!コウキじゃなくて広紀が好き!本当の姿のアナタが好きなのっ!」
 風が吹いて、私と広紀の間をすり抜けていった。
「好きだって気付いた時はもう遅い。恋愛ってのはどうしてこんなに残酷なんだろうな。やっと掴めるって思ったのにさ。
…また遠く離れていったよ」
「何言ってるの?こんなに近くにいるのにっ!」
 広紀が言っている事の意味が、全くわからなかった。
 青空の言葉と混ざって、もうなんだか良くわからなくなっていた。
「俺だって、お前の事が好きだよ!だけど抱きしめることもできない!…ごめん、珠子」
「なんでよ?!…こ、うき?」
 なんで?向こうの景色が見える。隣人の車が見える。広紀が、広紀の身体が、半透明に見える…。
 なんで?
 なんで?
 …なんで?
「ゴメン、俺、もう…」
「広紀っ!!」
 手を伸ばして、触れようとした彼の身体をすり抜け、私は消えてゆく彼の身体を目の当りにした。
「…言ったろ?アイツはこの世に存在してないんだって」
 青空の言葉は、全く届いていなかった。ただ、広紀が消えてしまったということに対して、どう対処して良いのかを考えていた。
 何故消えたの?
 彼は何者?
いろんな疑問が、頭の中をぐるぐる回っていた…。
 座り込んで、地面を見つめた。…雨?チガウ。コレは涙だ。
 この世から音が消えてしまったかのように、私の耳には何の音も聞こえなかった…。
 
 珠羅と青空に家の中に運ばれた後、3人からいろんな説明をされた。説明なんかより、広紀本人に会わせてほしかった。
「コウキは、つーか、コウキとノエルはパソコンの中の世界であるネット界の住人なんだよ。
コウキは人間になる事を夢見てて、俺たちと出会って、それでノエルに人間にしてもらったんだ。…ノエルは魔法使いなんだってさ」
「広紀はある条件付きで人間になった。…人間を、好きになってはいけないって条件でな」
「アイツは最初から珠ちゃんが好きでさ。口では言えない想いを、全部詞で表して歌ってたんだよ。
始めは嫌われれば一緒にいられるって思っていたんだから、彼の想いは痛い程わかるでしょ…?」
 何を言われても、広紀がいなきゃ信じられない。
最初から、何も無ければ良かったんだよね。失うくらいなら、出会わなければ良かった。
そしたら、失う悲しみも淋しさもこの涙の意味も、知らなくて済んだのに。こんな想いも、生まれなかったのに…。
 蓋をしたままで、いれば良かった…。
 
「珠子?…入るよ」
 ベッドの上に座り、窓の外を眺めていた。空は少しずつ赤くなっていき、白い雲もうっすらと色付いてきた。
「ネットで見たけど、コウキのサイトも閉鎖されてた。ノエルにも会えないんだ」
「私はコウキじゃなくて広紀に会いたいの。探しているのは彼の方だよ」
 私はネットアイドルの広紀ではなく、確かにこの世に存在した「望月広紀」を好きになったのだから…。
「広紀って、何の為にこの世界にいたの?いつか消えてしまうってわかっているのに、どうして?」
 珠羅は、一瞬黙って俯いた。顔を上げ、ベッドを指差して「座ってもいい?」と聞いてきた。私は頷き、珠羅は静かに腰を下ろした。
「人は何か目的があって生まれてくる、なんて言われたりするけどさ、あんなの嘘だよ。
何の為に生まれてくるのかなんてさ、誰も知るハズないもん。理由や目的なんてない。だから生きていくんだよ、自分でそれを探す為にさ。
旅みたいなモノなんだよ、きっと…」
 珠羅は私の方を真っすぐに見て、そう言った。
それじゃ、広紀は目的を見つけられたのかな?あんな短い間で、見つけられたのかな?私の目的は…、なんだろう?
「広紀はスゴイよ。消えてしまうって言ってんのに、珠子の事を好きでいたんだもんな。広紀は消えてしまって哀しいんじゃない。
きっとお前に好きって言ってもらえて、むしろ嬉しかったと思うよ」
「…そう、だといいな…」
 ずしりと重なっていた何かが、少しだけ軽くなったような気がした。
「入ってもいい?」
「青空か?…珠子」
 少しためらったが、頷いた。
 珠羅が扉を開けると、とても哀しそうな表情をした青空が立っていた。
「たっ、珠子っ!…あんな事言ってゴメン!俺、悔しかったんだ。広紀が羨ましくて…。本当ゴメン!!」
 びっくりするような勢いで頭を下げる青空。珠羅はワケが分からずに首を傾げていた。
「…もういいよ、青空」
 もう、関係ないと思った。青空は一歩だけ私の部屋に入り、私の名を呼んだ。
「珠子はさ、広紀と一つだったら良かったのにーなんて思ったりした?」
「もしそうなら、離れずに済んだかもね」
「俺はイヤなんだよ。もし大好きな人と一つだったら、出会う事ができないんだぜ?
別のモノであるからこそ、2人が愛し合えるんじゃんか」
「そうだろ?」と言って笑った青空の顔は、とてもステキだった。
「…うん」
 …その時だった。
「おいっ!珠子!珠羅、青空っ!」
 勝手にパソコンのスイッチが入り、ウィンドウに広紀の姿が映し出される。
その背後には、ノエルの姿もある。あの日の朝、ノエルが隣で眠っていたのはパソコンから出てきたからだったんだ。
「広紀っ!」
 私はすぐに駆け寄り、手をあてる。それに合わせるように、広紀も手をそっと前に出した。
体温は、お互いに感じられない。
 だけど。
「好きだ」という気持ちは、うるさい程に胸に響いた。
「ごめんな、珠子…」
「広紀は何も悪くないって!ねぇ、もう会えないの?そんな事ないよね?!」
「…」
 広紀は俯いて何も言わなかった。ノエルが広紀の肩の上にそっと手を乗せる。
広紀は手を離し、何も言わずに画面の中から消えてしまった。
「こっ、広紀?!」
「大丈夫よ、珠子ちゃん。…私の話を、聞いてほしいの」
「ノエル…」
 怖いくらいに真っ黒なロングコートに身を包んだノエルが、私の前に現われた。
「広紀が、好き?」
「当たり前よ!」
 そう言った直後に、快斗が部屋に入ってきた。
「…そうよね、うん。…広紀を、一生好きでいられる?その想いに、偽りはない?迷いは、ない?」
「…うん」
 私が頷いたのを見て、ノエルはパソコンの中からこちらの世界に現われた。
やっぱり、ノエルの銀髪はキレイ…。
「アナタの想いが強ければ、広紀を人間に変えることができるの。…永遠に、ね」
「本当…?」
 ノエルは私の頬に触れて、笑って頷いた。
「何か、その想いをカタチにしてほしいの。そしたら、私の魔術で広紀を人間に変える」
「何か…?」
 どんなカタチにしたらいい?
 どうしたら広紀に想いを伝えられる?
「…珠子、歌おうぜ?」
「そうだよ!僕らが音を出すから、珠ちゃんが歌ってよ!」
「幸い、珠子は音痴じゃねぇし、な?」
「みんな…っ!」
 涙は、必要ない。
今は、広紀が好きだという想いだけが必要なんだ…。この、揺るぎない想いだけ。
 

 不思議…。
 3人の音が私を包み込んで、自然体になれる。まるでしゃべっているかのように、自然に歌える。
「イイ感じ?」
「…すごく、気持ちイイ」
「それじゃ、頑張ろうねっ!」
 まだ、歌詞が完全ではないウタ。
 広紀はこの歌の一部しか書かなかったけれど、私は私の想いを込める…。
 私がマイクを持ったとき、ノエルの足元と私の足元に、何か文字が印された円が浮かび上がった。
 …そして。
 

 大好きって気持ちは偽れない
 大好きって想いは抑えさえられない
 君は太陽みたいにあったかくて 風のように優しくて いつも傍で笑っていて 
 強く気高い君も 弱くて脆い君も 
 全てがイトシクテ
 総てがイトシクテ
 
 届かないのならシャボン玉にして 
 ふわふわと飛ばして アナタに伝えたい
 響かないのなら飛行機雲にして
 ふわふわと描いて アナタに伝えたい 
 
 糸なんかじゃなく強く繋がれたこの鎖を見てよ…
 
 ゆっくりと、足元の円が光り出す。ノエルが一歩後ろに下がり、円から出る。
 音が流れている間、ノエルが何やら呪文のような言葉を唱える。
…そして。
「広紀っ!」
 
  守りたい
 君に出会った時に思ったコト
  抱きしめたい
 君と一緒にいて思ったコト
  傍にいたい
 君を見ていて思ったコト
  大好き
 ずっとずっと思っていたコト…
 
 「アイシテル…」
 
 ゆっくりと、音が消える。
その後、うっすらと見えていた広紀の姿がハッキリ見えるようになった。
 …そう、その笑顔。その笑顔が、私は大好きなの…。
広紀に近づいて、手を伸ばしてそっと触れる。今度はすり抜けない。
 …温もりを、感じられる。
「ただいま、珠子!」
 腕を掴まれて引き寄せられる。
広紀の腕に包まれて、もう何も言えなかった…。
 
ずいぶんと、長い道を歩んできたみたいな、そんな感じがした…。
 
「ありがとな、ノエル」
「…アラ、あんたの口から感謝の言葉が聞けるなんてね」
 コーヒーを飲んでいたノエルが、驚いてそう言った。
それでも、ノエルはとても嬉しそうだった。
「もう、広紀はずっと人間のままなの?」
「そうよ。そしてこれからも私がアナタたちをサポートしていくわよっ!」
「ありがとーっ!!」
 快斗と青空は、顔を見合わせて笑い合っていた。これからも、ずっと4人でやっていけるということがとても嬉しいみたいだ。
 ノエルも、4人の社長兼プロデューサーを続けていく。
今までと、何も変わったことがない。
ずっとずっと、私の広紀に対する想いも変わらない。
きっと、広紀もそう思ってくれているハズ。
 
私と広紀のヴァーチャルゲームは、これからも続いていくことだろう…。
 

『今週のオリコンチャートNO.1はっ!…EniGmaTicの≪永遠の想い≫です!!』


「ヴァーチャル☆ゲーム」終わり

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